第24話 そのモブ、凍る空気を体験す。
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「先生、質問があるのですが」
「……んーなんだ?」
立ち上がろうとしていた動作を一時停止させ、面倒くさそうに訊き返すライジン。
その態度を目にしても気にすることもなく、シオンは予め用意していた言葉を並べる。
「代表者の選抜はいつ、どのように行われるのでしょうか? こちらのプリントには『クラス毎に代表者を選出する』としか書かれていないのですが」
教室の最前列に座るシオンは、すっと立ち上がると理路整然に発言した。
その言葉を耳にしたライジンは、まるでありえないものを見たかのような目でシオンを凝視している。
「えぇ……もう読んだの? これを? この数秒で?」
「はい」
「はいって、あはは……、すごいね、きみ。すごすぎて先生ちょっと引いちゃったよ」
呆れたとでも言いたげなライジンを眺めながら、僕は勝手に共感していた。
いやだって、いくらなんでも速読が過ぎるし。
僕なんか見ただけで読む気力が削がれたというのに。
どんなメンタルしてんだ、あの子……。
「あの、先生?」
「あー……うん、代表者の選出ね。うん、そういえばなんか言われてたわ。えーっと、たしか……代表生徒の選出方法はクラス担任に委ねる、とかなんとか……」
割と重要そうな事項を失念していたことを隠す様子もなく、ライジンは平然とし続けている。
僕の座っている位置からはシオンの表情を確認することができないが、今彼女の目はさぞかし凍えるような冷たさを放っているんだろうな……。
しかし、当のライジンは彼女の視線を気にする素振りも見せず、そのまま話し続けた。
「うーん……ま、立候補でいいか。はい、選抜戦出たい人ー、挙手」
ライジンはシオンから目を離すと、教室内の全学生に向けて呼びかける。
どうやら今思いついた方法で今すぐに代表者を決める腹積もりのようだ。
かなり唐突な話だが、まあ彼はなるべく早くタスクを消化したいのだろう。
代表者が誰になっても構わないから、とにかく早く終わらせたい。
そういう魂胆が透けて見えた気がした。
「待ってください、先生。代表者は最大2人のはずです。立候補が3人以上いた場合はどうなさるつもりですか?」
「うーん、まあそんときはそんとき決めればいいんじゃないか? それに、立候補者が2人以下かもしれないだろ?」
「それは、そうですけど……」
「んじゃ、出たい奴、手挙げろー」
シオンの意見を華麗に受け流し、ライジンは立候補者を募る。
行き当たりばったりにも見える彼のやり方に、シオンはあからさまに納得できていない様子だった。
しかし、彼女は諦めるように小さくため息を吐くと、ゆっくりと、しかし真っ直ぐに手を挙げた。
「……よし、2人だな」
にやりと笑みを浮かべながら呟いたライジンの言う通り、手を挙げたのは2人だけだった。
1人はシオン。
そしてもう1人は、シオンのすぐ近くに座る男子生徒だった。
「じゃあうちのクラスの代表はシオンとラクスの2人で決まりってことで」
そう言い放ったライジンの表情は心なしか緩んでいた。
たぶん「すんなり代表者が決まってラッキー」とか思っているんだろうな。
「よろしく。お互いに全力を尽くそう」
ラクスと呼ばれたその男は、サラサラな明るい金髪を輝かせながら、柔らかい笑顔でシオンに手を差し出した。
「……馴れ合う気はないから」
しかし、シオンはラクスから顔を背け、その手を取ろうとはしなかった。
側から見れば、その対応は感じが悪いことこの上ない。
ラクスの善意をシオンが意味も無く蔑ろにしている。
そんな風に映っても仕方のないやり取りだ。
案の定、教室の空気が凍るとまではいかないものの、少しばかり緊張感が増した感覚があった。
「じゃ、ホームルーム終わりなー?」
だが、その中でライジンだけが平常運転を続けていた。
彼は相変わらずの気怠そうなトーンで声を発すると、ため息を吐きながら教室を出て行った。
その姿に続くように、生徒が次々と教室を後にする。
彼らの歩くスピードが心なしか速く見えたのは、決して気のせいではないだろう。
張り詰めた空気というのは、居心地が悪いものだからな。
そう思った僕も、彼らに倣ってそそくさと教室を後にすることにした。
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