第23話 そのモブ、気怠さに呆れる。
♢
「……ふぁ〜」
「なんだ編入生、今日もまた一段と眠そうだな」
「……まあね」
学院への通学路。
今朝はまだ風も冷たく、若干の肌寒さを感じる。
学院指定の黒のパンツのポケットに両手を突っ込み、少し背中を丸めてぷるぷると身体を震わせながら、僕は隣を歩く男に一握りの苛立ちを覚えていた。
全く、誰のいびきのせいで寝不足になってると思ってるんだ……。
僕がウラナト魔法師学院に編入して、早数週間。
同級の徒から僕への認識が編入生から通常学生になろうかという頃。
にも関わらず、黒の手拭いを頭に巻き、朝っぱらからヘラヘラとした態度を取るこの男──シェラド=マイラーは、編入生呼びをやめるつもりがないらしい。
「まあねって、なんだその生返事。あれか? まだ模擬戦のことを気にしてるのか?」
──模擬戦。
その単語を聴いて、つい数週間前の記憶がフラッシュバックする。
そうだ、僕はこの世界のヒロインのうちの1人──シオン=ステラスティアと模擬戦を行った。
成り行きではあったが、それなりに真剣に臨んだはずだ。
だが、後半の記憶はあまり残っていなかった。
気づいたときには、医務室のふかふかなベッドの上で、周りには誰もいなかった。
そのため、模擬戦の結果がどうなったのかはわからないままだ。
でも、おそらく僕は負けたんだろうな……。
「なあなあ、シオン様とどんなこと話したんだ?」
「何度目だよ、その話。殆ど話してないって言ってるだろ?」
「ほんとかあ? 隠してんじゃねえだろうな?」
「ほんとほんと。僕のことなんか、もう覚えてすらいないんじゃないかな」
「ま、それもそうか」
自分で言いながら悲しくなりそうだったが、その不甲斐なさをこうもあっさりと認められるとなかなかにムカつくな……。
「いやでも、編入早々シオン様と戦えるとか、羨ましい限りだけどなあ」
にへらっと表情を惚けさせるシェラドを眺めながら、僕は小さくため息を吐いた。
あの少女は、少なくともそんなお気楽気分で相対していい相手じゃなかった。
戦闘中は軽く死んじゃうかと思うほどにはひりついた。
よく逃げ出さなかったと、今からでも過去の自分を褒めてやりたいくらいだ。
……でも同時に、目の前のこの男なら喜んで彼女のおっかない魔法を受けてしまうかもな、とも思う。
なんなら感謝しながらボコボコにやられる姿すら想像できてしまう。
……うーん、ちゃんと気持ち悪いな。
「なんだよ?」
「いや、愛ってパワフルだなって思っただけ」
「は? なんだそれ、当たり前だろ」
「はは、だよね」
ここで愛について熱く語られでもしたら面倒なことこの上ない。
そう思った僕は適当に相槌を打ち、学院へと向かう歩調を少しだけ速めた。
♢
学院ときくと、ついつい大学院を思い浮かべてしまうが、ウラナト魔法師学院に通う生徒は15歳前後の若者が殆どだ。
そのため、この学院は前世の世界で言うところの高校のようなものなのだろう。
ただ、校舎の造りは高校というより大学寄りな気もする。
今僕とシェラドがいる教室も講義室と言った方がしっくりくるような感じだ。
教卓を中心に弧を描くように木製の長机が複数並んでおり、後列に行くに連れて一段ずつ高さが上がっていく、まあよくある構造である。
座席数は100を超えており、今も大半が使用されている。
現在、僕を含めたその100人余りの生徒たちは、教卓に肩肘を突いて脱力する1人の男に注目していた。
「はあ〜~~~…………、怠いな、今日も……」
深いため息をこれでもかと撒き散らしているのは、我らが先生だ。
その名はライジン、ファミリーネームは知らない。
ちりちりのパーマがかった黒髪に隠れて見えにくいが、その眼からは生気が全く感じられない。
顎髭は日によって伸びてたり伸びてなかったり。
たぶん気分で剃っているのだろうが、整えられている日の方が圧倒的に少ない。
いつも猫背で気怠げで、その身に纏う黒を基調としたスーツもシワだらけで、なんともみっともない。
あれでまだ20代後半らしいけど、全くそうは見えない。
老け過ぎだろ……普通に。
「はあ……、とりあえず、これ、配るから。はあ……」
できる限り動きたくないのだろうか。
教卓にぐでーっともたれかかったまま、彼は全学生の手元までプリントを微風に乗せて飛ばしてみせた。
さらっとやってのけているが、その魔力制御力はかなりのものだ。
この教室にいるほぼ全ての人間が、その異常さを理解している。
だからこそ、だらしなく振舞うあの怠惰な男に皆が一定以上の敬意を表し、彼の話に耳を傾けているのだろう。
「あーめんどい。めんどい、けど、これ読み上げないと後で学院長にドヤされてもっとめんどい……」
プリントが全学生に行き渡ってからも、ライジンは何やらぶつぶつと言っていた。
だが、その独り言もようやく吐き終わったのか、彼は徐に話し始めた。
「えー、来月、選抜戦ってのがある。クラス別に代表生徒が最大2名ずつ選出されて行われるトーナメント形式の催しだ。毎年一度開催されるんだが、会場設営とか当日の警備とか、運営準備の諸々がこれまた怠くて……はあ…………」
話し始めこそ順調だったが、すぐにまた不満とため息を溢すライジン。
それでもなんとか話を続けてくれるらしい。
……いや、それが当たり前なんだけど。
「はあ、えー代表者は、同学年の他の代表者と一対一の模擬戦を大勢の観客の前で行うことになる。細かいルールは……まあ、プリントを参照してくれ」
ぺらぺらとプリントを振りながら、少し投げやりに言葉を放つライジン。
彼の言葉に促されるように手元のプリントに視線を落とすと、そこには『学年別選抜戦代表選考に関して』という文言が太字で記されていた。
その下に続く形で、選抜戦の概要や戦闘のルールなどが記載されている。
それもかなり小さな文字でびっしりと敷き詰めるように書かれていて、毎日論文を読まされていた前世時代をうっかり思い出しそうになる。
まあ知らない専門用語だらけの論文よりかはいくらかマシなのは確かだが。
「で、各学年の優勝者は──、……もういいか。後は各自プリント読むように」
とうとう我慢ならなくなったのか、ライジンは説明を中断して一方的に話を切り上げてしまった。
梃子でも動きそうになかった彼の身体が教卓からようやく起き上がり、のそりと立ち上がろうとする。
「あの、先生、質問があるのですが」
しかしそのとき、教室の前方から聴き覚えのある声が聴こえてきた。
教室の最前列。
ライジンのいる教卓のすぐ近くの席。
そこですらっと右腕を上げ、凛とした声音でそう切り出したのは、シオン=ステラスティアだった。
♢
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