第22話 そのヒロイン、油断の末に。
♢
「……ふう」
前方に広がる純白の雪景色。
その中央で蹲ったまま動かなくなった編入生の姿を目視し、私は「やり過ぎてしまったかもしれない」と少し反省していた。
そのとき、結界の外から学院長の声が聴こえた。
「あはは、相変わらず派手だねえ、シオンちゃんの魔法は。でも、今のはちょっと悪手だったんじゃないかな?」
「……いえ、何度も降参は促しましたし、最後まで諦めようとしなかった彼にも落ち度があると思います」
「うーん、そういう意味じゃないんだけど……。まあでも、あの吹雪の中じゃアクタくんも声を上げられなかったんじゃない?」
「それは……」
学院長に図星を突かれたせいで、余計な口ごたえをしてしまいそうになる。
そんな自分の性分をどうしようもないと思いつつも、頭を切り替える。
「それよりも、早くその人の手当てを」
「んー、それはできないかな」
「どうしてですか? 早くしないと手遅れに──」
「そういうきみこそ、そんなに油断してて大丈夫?」
「え?」
「手遅れになっちゃうかもよ?」
「……?」
にたにたと口角を上げながら目を細める学院長。
彼女が何を言ってるのか、私には全く理解できなかった。
模擬戦はもう終わった。
対戦相手は力尽きて既に戦闘不能。
私の勝利のはずだ。
それなのに、学院長はあの編入生を助けようとしない。
それどころか、一歩も動かず場内に入って来ようとすらしていない。
「──っ⁉︎」
そのとき、私の腹部を鈍い衝撃が襲った。
それは、いつもであれば余裕を持って耐えられたはずの威力。
でも、完全に油断し切った私の身体を数歩分動かすには十分な威力だった。
「くっ……」
衝撃のあった箇所が湿っている。
水魔法を当てられた……?
でも一体どこから、どうやって……?
幸い致命傷にはなっていないみたいだけど……。
「ん、そこまで、かな」
私が状況把握に手こずっていると、再び学院長の声が耳に入った。
視線を向けると、彼女はいつの間にか編入生の側でしゃがんでいた。
未だ倒れたままでいる編入生の周りの氷雪を魔法で溶かしている。
「もう5分経っちゃったからさ、引き分けだね」
彼女のその言葉を聴いてハッとする。
そうか、そういえば時間制限が設けられていたんだった。
でも、引き分け……?
あの編入生が倒れたのは明らかに5分が経過する前だったのに。
いやでも、ならさっきの一撃はなんだったの……?
「でも惜しかったなあ。あとちょっとでシオンちゃんの負け顔が拝めたのに」
「……はい?」
名残惜しそうに呟く学院長の発言は、疑問符を浮かべる私の頭に更に新たな疑問符を積み上げた。
私が負ける……?
そんなこと、あるわけがない。
確かに一撃はもらったかもしれないけど、全然ダメージはないし。
今だって満身創痍で手当てされてるのは転入生。
もう数秒もあれば、確実に彼を戦闘不能にできたはずなのに……。
「あれ、もしかしてまだ気づいてない? シオンちゃんもまだまだだね〜」
「……」
「あはは、そんなに怖い顔しないで、まずは足元をよくご覧よ」
「足元? ……あ」
しかし、そこでようやく気づく。
自分の右足の踵が結界の外にはみ出ていることに。
……そう、私は既に場外負けをしていたのだ。
「まあでも、きみが場外になるのとほぼ同時にこの子も力尽きてたみたいだから、結局引き分けだったんだけどね」
残念そうに話す学院長は、ちょうど転入生の応急処置を終えたところのようだった。
「ただ、良い教訓にはなったんじゃない?」
「教訓、ですか」
「うん。『いつだって油断が最大の敵』っていう、ごくごく当たり前のことだけど。当たり前って、思っているよりも大切なことだったりするからね」
その言葉は痛いくらいに突き刺さった。
あまり認めたくはないけど、恐らくその通りなのだろう。
私はあの編入生を少なからず侮っていた。
どうせ反撃はされないと決めつけ、その場から一歩も動かずに戦った。
慢心して勝負を急ぎ、無駄に消耗の激しい魔法を使用した。
その威力を過信して、最後の詰めを怠った。
そのせいで、私は負けかけたのだ。
……でも、一つだけ不可解なことがある。
「……あの、学院長」
「んー?」
「彼の最後の一撃、あれはどうやったんでしょうか」
私を場外まで押し出したあの不意の一撃。
あれがどこから放たれたものなのか。
いつ発現させられたものなのか。
そもそも本当に彼の魔法なのか。
私には何一つとしてわからなかった。
「んー、それはアクタくんが起きたら直接訊いてみてよ」
しかし、学院長は素直に話すつもりはないようで、すぐに別の話題に切り替えられてしまう。
「それよりシオンちゃん」
「はい?」
「ちょーっとだけお願いがあるんだけどさ」
学院長のその前振りをきいて、私は自然と眉を顰めてしまう。
彼女の「お願い」をきいて、碌なことになった試しがないからだ。
しかし、手招きする彼女に従う以外の選択肢を今の私は持ち合わせていない。
結局近くまで歩いて行き、改めて用件を問うた。
すると、彼女は胸の前に手を合わせ、その小さな体躯を少し屈ませながらこちらを見上げてきた。
「わたし、この後ちょーっとお仕事入っててさ。この子、代わりに医務室に運んでおいてほしいなーって」
「え……」
「よろしくお願いね?」
「いや、あの」
「ね?」
「……はい」
またしても、私は渋々頷いていた。
どうしてそんなことをしなければならないのか。
内心そう思いつつ、それでも私は頷くしかなかった。
この学院にいる限り、私はこの人に逆らえないのだから。
「……はあ、厄日ね」
「それじゃあね〜」と言い残して訓練場を出ていく学院長。
その小さな背中を眺めつつ、私はぼそりと不満を呟いた。
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