第25話 そのモブ、楽観もできず。
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時刻は正午を回った。
午前の講義でしこたま扱かれた生徒の大半は、空腹を満たすために学院の大食堂を訪れる。
そこではカチャカチャと金属が軽く擦れ合う音が四方八方から響き渡り、大勢の話し声が至る所で入り乱れる。
それらが奏でる不協和音は控えめに言って煩い。
いつも耳を塞ぎたくなるのだが、両耳を塞いでいてはいつまで経っても目の前のご馳走を平らげることができない。
そのため、今日も僕は喧騒を甘んじて受け入れ、黙々と食べ進めていた。
因みに、今日のお昼はハンバーグ。
何の肉を使っているのかは不明だが、味は前世でよく食べていたものと遜色ない。
「それにしても、今日は朝からラッキーだったな」
懐かしい味を独りで楽しんでいると、向かいの席にドカッと座りながらシェラドが話しかけてきた。
彼の昼食はいつも通りラーメンのようだ。
厳密にはラーメンではなくて何か違う名前が付いていたはずだが、正直あまり覚えていない。
でも、見た目はまんまラーメンなんだよな。
「ラッキー?」
「ああ、朝からシオン様の声が聴けたからな、それだけでラッキーデーだろ?」
その言葉をきいて、「あー、なるほど」と納得すると同時に、この男の一途さに感心してしまう。
シオンが空気を凍らせたのは、今朝が初めてではない。
ここ数週間のうちにも、何度か同じようなことがあった。
歩み寄ろうとする生徒をいつも決まって拒絶するシオン。
自分から孤立に向かうかのようなその行動のせいで、既に殆どの生徒はシオンに近寄ろうとしなくなっていた。
そんな状況下であっても、シェラドは彼女をシオン様と呼び、崇め続けている。
「シェラドはさ、どう思ってるんだ?」
「どうって、何が?」
「あの子の状況だよ。なんていうかその、孤立してるだろ?」
シェラドはシオンを崇拝しながら、彼女になにか働きかけるということをしない。
少なくとも僕が編入してからの数週間は傍観に徹している。
彼が心の内で何を思っているのか、実は前々から気になっていた。
シェラドは僕の問いかけにすぐには答えず、ズズッと豪快な音を立てながら麺を啜り、水をガーっと流し込むとプハーッと大きく息を吐いた。
その後、深呼吸を挟んで息を整えると、いつもより落ち着いた雰囲気で言葉を口にした。
「まあ、良くない状況ではあるんだろうな」
さも当たり前のことを言うかのように呟くシェラド。
シオンに同情しているのかと思いきや、どこまでも他人事のように思っている風にも見える。
その曖昧な表情から彼の胸中を探ろうとしたのだが、すぐにいつもの調子に戻ってしまう。
「特に今日のはヤバかったな」
「今日の?」
「ああ。今日はあの金髪イケメンが絡んできたからな」
シェラドが苦虫を噛み潰したような表情で話題に出したのは、ラクス。
ラクス=ダンクラッタ。
彼は原作ゲームにも出てくるキャラクターだったため、ある程度の設定は僕も覚えていた。
「認めたかないが、あいつは女子からの人気が半端じゃない。黄色い声援なんて日常茶飯事で、あいつに話しかけられただけで他の女子に嫉妬されて嫌がらせを受けた女子もいるって話だ」
シェラドの話をきく限り、原作と相違ないらしい。
顔も良くて、性格も良いモテ男。
それがラクスという男だった。
加えて、その実力はかなりのものであり、確かシオンと同等かそれ以上だったはずだ。
「そんなあいつにあのキツイ態度を取ったシオン様に俺は心底痺れたんだが、そりゃ俺とかお前みたいな変態だけでさ。殆どの女子はあのときかなりのヘイトを向けたはずだぜ?」
勝手に変態にされたのは癪だったが、それは一旦置いておくとして……。
シオンがヘイトを買ったのはシェラドの言う通りだろう。
「確かに、あのとき妙な緊張感あったしね」
「それだけじゃあないぜ? 俺は耳が良いからな、聴こえてくるんだよ」
「聴こえてくる?」
「愚痴だよ愚痴。きったねー陰口。マジウザいとか、調子乗ってるとか、性格終わってるとかな」
シェラドは呆れを含んだ乾いた笑いを溢しながら言葉を吐き捨てる。
「ま、シオン様ならどんなことがあっても気にせずに我が道を行ってくれそうだけどな」
どうやらシェラドはシオンの強さに絶大な信頼を置いているようで、楽観的な発言で締め括ると、再び満足気に麺を啜り出した。
しかし、僕には彼のように楽観することが出来なかった。
なぜなら、僕は知っているから。
近い将来、シオンが孤立の果てにトラブルに巻き込まれ、挫けそうになることを。
そのとき、彼女の支えになるはずの存在がもうこの世にいないことも……。
「そういやお前、この後暇か? 今日職員会議かなんかで午後講義ないだろ? 放課後どっか遊び行かね?」
「あーいや……」
唐突なシェラドの問いかけに、思わず答えあぐねてしまう。
その理由は、己の不甲斐なさ故。
この世界に主人公はもういない。
だからこそ、僕がシオンの支えにならければいけない。なのに……、
「……補習、なんだよね」
だというのに、僕は成績が悪過ぎて居残り補習になっていた。
「あー、そういやそうだった。学年で1人だけだったっけか?」
「言わないでくれ……」
「ハハッ、まあ気にすんなって。お前持久力ないだけなんだし、すぐ終わるだろ」
シェラドの言う通り、補習になった原因は完全にスタミナだった。
演習の授業1回でバテバテになるため、それが2連続になっている場合、後半の演習の成績は目も当てられない結果となってしまうのだ。
「んじゃ、頑張れよ」
いつの間にかスープまで飲み干していたシェラドは、僕の肩を茶化すように2度叩くとそのまま愉快そうに去って行った。
煽るようなその表情に何も言い返すことができず、僕は補習が行われる訓練場へトボトボと向かい始めた。
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