第16話 そのモブ、疲弊の末に邂逅す。
♢
「やっぱ美味えなーこれ。な、お前もそー思うだろ?」
先程までのガチガチ具合が嘘かのように、シェラドはへらへらとした立ち居振る舞いに戻っていた。
「あの、早く学院に行きたいんだけど」
「はあ? いーじゃねえか、マリアさんにもあー言われたんだしよ? ちったぁ寄り道してこうぜ?」
そう言うシェラドの手には、焼き鳥のようなものが刺さった串が何本も握られている。
余程美味しいのか、前を歩く彼の歩幅は心なしか大きい。
上機嫌にグングンと前へ進んでいくため、気を抜いていると置いてかれそうになる。
学院は寮から歩いてすぐのところに位置しており、このペースならとっくに着いている頃なのだが、学院に辿り着く気配は一向に見えてこない。
シェラドが独断で始めた食べ歩きグルメツアーとやらのせいで、既にかなりの距離を余分に歩かされているのだ。
……いや、これで何店舗目だよ。
さすがに食い過ぎじゃないか?
キミが使ってるその金、一応僕への餞別だからな?
と、不満が口から溢れ落ちそうになっていると、シェラドは「そういえば」と話を切り出してきた。
「気になってたんだけどよー、それ、なんなんだ?」
「それ?」
「それだよ、その胸の」
「ああ……」
彼が指差したのは僕の胸元で揺れる水晶玉だった。
本当は英雄が身につけるはずだったこの首飾り。
3年前のあの日、彼がこれを僕に託した意図は未だにわかっていない。
原作のエフトでは、ただのアクセサリーとして描かれていただけだった。
彼がこの水晶をどこで手に入れたのか。
誰かから貰ったモノなのか、いつから持っているのかなどなど。
この水晶にまつわる詳細な情報は何も明かされていなかった。
「なんだったって、どういうこと?」
「いやそれ、でけえヒビ入ってるだろ? なのにお前すげー大事そうにしてるし、なんか訳ありなんかなーって」
「……それを知ってどうするんだよ」
「いやただの好奇心だって。別に盗ろうとか売ろうとか、そういうんじゃないぜ?」
オーバーな身振りでシェラドはそう弁解するが、正直あまり信頼できていない。
今朝のあれだって、この男が盗んだ説をまだ疑ってすらいる。
そもそもこのシェラドという男は、原作のエフトには登場していなかった。
寮の中での主人公の生活はほとんど描写されていなかったし、編入前にこんなひょうきんな男に絡まれるシーンもなかった。
そのため、出会ったときからこの男への不信感はずっと存在している。
「で、なんなんだよ、その水晶。女か? 女なのか?」
だが、中学生男子みたいなノリできいてくるこの感じを見るに、あまり警戒しなくても良い気もしてくる。
「……いや、そういう意味では、男かな」
「え、お前そっち系なの──」
「違う。違うからな?」
「いやまあ、別にそんな否定しなくても──」
「だから違うって」
「……ま、俺はどんなお前でも受け入れるぜ? 理解は全くできないけどな」
「だからっ……はあ…………」
全く聞き耳持たず。
シェラドは勝手にわかってる風な雰囲気を醸し出しながら肩に手を置いてきた。
どこまでも自分勝手なその性格に、僕はそれなりにイラついていた。
だが同時に、このウザさがこれからの学生生活で続いていくことを想像し、不満を吐き出すことも億劫になってしまう。
警戒よりも先に、まずはこいつに慣れるところからだな……。
ぺちゃくちゃと喋り続けるシェラドをため息混じりに眺めながら、僕はこっそりと自分の中の優先順位を変更した。
♢
「ふう、到着」
シェラドは長い大理石の階段を二段飛ばしでタンッタンッと一気に駆け上がると、ドヤ顔でそう呟いた。
結局、シェラドの街案内という名の寄り道は、小一時間を要した。
長旅の疲れも相まって、脚は棒きれみたいになっていたが、そんな僕の気も知らないといった感じで、シェラドは満足気にしていた。
いや、満腹気なだけかもしれないけど。
「おーい、どーかしたか?」
「あーいや、なんでも」
「ならほら、早く来いよ」
無駄に白い歯を輝かせながら手招きをする彼に従い、僕は階段をゆっくりと登る。
一歩、一歩と段を進める毎に疲労で脚が重くなり、視線もだんだんと足下に吸い寄せられる。
頂上に辿り着いたときにはすっかり息も切れて、膝に手をつかないと座り込んでしまうくらいにはふらふらだった。
だが、ふと顔を上げたときに視界に飛び込んできたそれによって、僕の心は一瞬のうちに奪われてしまう。
一面に広がる深みのある紅。
立ち込めるは静寂と優雅さの融和した独特な雰囲気。
高い木立が周りを取り囲み、重厚な門が訪れる者を迎える。
左右に聳える二基の尖塔は天を貫き、空から降り注ぐ陽の光が赤煉瓦の美しさを一層引き立てる。
……間違いない。見間違うわけがない。
この建物こそ、僕の目指した場所。
エフトのシナリオ本編、その第一章。
『孤高は脆く、儚げで』の舞台にして、僕がこれから通うことになる学び舎。
……そう、ここが、こここそが、かつて幾度も目にした、あのウラナト魔法師学院なのだ。
「ねえ」
開いた口も塞がらず、その場で立ち尽くしていると、突然凛とした張りのある声が耳に響いた。
「え──」
その瞬間、思わず目を疑った。
陽に照らされる透き通るような白い肌。
艶やかに波打つ美しい黒髪。
下段に佇むその少女は、薄桃色の唇を微かに歪ませ、こちらをじっと見つめていた。
深く黒い瞳には冷たい炎が宿っているかのようで、どこか孤高な雰囲気を漂わせている。
「邪魔なんだけど、そこ」
不機嫌そうに呟く彼女に対し、僕は文字通りなす術がなくなっていた。
身体は石のように硬直し、指の一本でさえピクリとも動かない。
瞬きすらも許されず、少女の姿を目に焼き付ける以外にできることがなかった。
……だが、動揺するのも無理はなかった。
これで動揺するなという方が無茶な話だ。
かつて彼が救うはずだった存在。
そして今や、僕が救わなければならない大切な存在。
その少女は、この世界、このゲームにおけるキーパーソン。
正真正銘、最初のヒロインなのだから。
♢
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