第15話 そのモブ、獅子に怯えて。
♢
「荷物はその辺適当に使ってな? まあ一応鍵付きの倉庫みたいな奴もあるらしいんだけど詳しくは知らん。あー後、風呂とかゴミ出しとか、そういうのの時間はそこに貼ってあるから」
とある建物内の一室。
ふかふかなベッドに腰を下ろし、シェラドはペラペラと喋り続けていた。
部屋は左右対称な作りになっており、ベッドと机、椅子、本棚が一つずつ壁際に配置されていた。
窓はドアを開けて正面に一つ大きなサイズのものが存在しており、陽の光が室内を明るく照らしていた。
シェラドが陣取る入って右側のスペースには、脱ぎ散らかされた衣類や投げ捨てられたゴミがあちらこちらにあり、はっきり言って汚い。
ベッドのシーツもシワだらけだ。
本棚にはまばらに雑誌や学問書が並べられているが、スカスカ過ぎて倒れてしまっている物もいくつかある。
対して、反対側のスペースはそれなりに綺麗に見えた。
だが、ところどころ食べ物のカスが転がっていたり、ベッドのシーツにはバッチリシワが走っていたりして、誰かがついこの間まで使用していた感が否めなかった。
「いや、仕方ねえだろ? お前がこの部屋に来るってつい最近まで知らなかったんだから。これでも結構掃除したんだぜ? 特にそっちはよ」
そのセリフから察するに、どうやら以前まではシェラドがどちらのベッドも使用していたようだ。
だが、言い訳を繰り広げるシェラドの目に反省の文字は一切見えなかった。
彼の言葉を右から左へ流しながら、僕は反対側のベッドに腰を下ろし、一息吐く。
あの後、僕はシェラドの案内でこのウラナト魔法師学院学生寮に訪れていた。
聞けば、シェラドは僕のルームメイトらしく、寮長から僕のことを迎えに行くように頼まれていたとのことだ。
それでも「なぜ僕がアクタ=グランツェであると一目見ただけで気づいたのか」という疑問は晴れなかった。
そこで、本人に直接訊いてみたのだが、
「なんか如何にも田舎から上京してきましたーって感じの芋っぽい奴みっけたから、話しかけてみたらビンゴだったってそれだけ」
という、なんとも失礼極まれりな返答をされた。
若干の苛立ちは覚えつつも、まあ村から出てきている手前、無闇に言い返すこともできなかった。
「で? お前この後どうするとか決まってんの?」
シェラドはスティック状の菓子か何かをボリボリと貪りながらきいてきた。
当然、床にもポロポロと食べカスが溢れているのだが、もう気にしないことにした。
「あーうん、学院長に会わなきゃいけなくて」
「学院長?」
「そう。なんか試験じゃないけど、検査? みたいなのやらないといけないっぽくて」
ウラナト魔法師学院へは、編入という形で入学することになっている。
ゾルドと学院長が旧い仲で、彼から学院長へ直接話が通っているとのこと。
つまりは、コネを使ったバリバリの裏口入学というわけだ。
まあ罪悪感がないわけではないが、この世界では当たり前に横行していることでもあるし、そもそもこれは原作のエフトと同じ流れなのだ。
だから僕はその流れを忠実に再現しただけ。
ただ設定に従っただけで、どちらかと言えば被害者ですらあるのだ。
「ふーん、じゃまあ行くか、学院」
「え、いいの? 付き合わせちゃって。シェラドは休日なんでしょ?」
「いーよ別に、暇だし。それに元々学院内も案内しとけって、おっかねえ寮長にも言われてるしな」
「ふーん? 誰がおっかないって?」
うへーっと舌を見せながらへらへらと答えるシェラドだったが、その女の声を耳にした瞬間にピンと直立し、全身を強張らせたようだった。
「こっ、これはこれはマリアさん。本日もお麗しい限りで……」
「おいシェラドてめえ、新入りに余計なこと吹き込んでねえだろうな?」
「いえいえそんな! 滅相もございませんって、なあ編入生⁈」
「え? あ、うん、はい」
いきなり話を振られたためか、その女のオーラに気圧されていたためかはわからないが、僕は碌な受け答えができなかった。
「……てめえがアクタ=グランツェか」
タバコのようなモノを咥え、耳に銀のピアスを付けたその長身の女性は、その鋭い目つきで僕の全身を舐めるように凝視した。
その間、僕は蛇にでも睨まれたかのように身動きが取れなくなっていた。
「ここの寮長をやってるマリアだ、よろしくな」
「は、はい、よろしく、お願いします……」
彼女が歓迎の言葉を口にしながら僕の肩を叩いたことで、ようやく身体の硬直は解かれた。
それでも消え入りそうな弱々しい返事になってしまったのは、マリアの目が全く笑っていなかったからだ。
……にしても、名は体を表すって言葉の反証みたいな人だな。
ところどころ跳ねている長い茶髪のせいでシルエットは獅子のように見えるし、目つきなんかは捕食者のそれだ。
聖母のような包容力はカケラも感じられない。
「なんだ? なんか言いてえ事でもあんのか?」
「へ? あ、ないです……」
思わず声が上ずる。
昔、前の世界でヤンキーの女に絡まれたときの嫌な思い出を想起してちびりかけてしまった。
てか、ちょっとちびっちゃったかも。ちょびっちゃったかもしれない。
「てめえら、これから院に向かうんだよな?」
「あ、はい、そのつもりで……」
この人が院とか言うと、なんか別の意味にきこえるな……。
なんてことを考えていると、マリアはその豊満な胸の谷間から赤い巾着を取り出した。
「ならこれを持っていけ」
乱暴に投げ渡されたその巾着からはジャラジャラと金属が擦れ合う音がした。
その布の生温かさのせいで停止しかける思考回路を必死に機能させて中身を確認する。
すると、そこには数枚の硬貨が入っていた。
「これって……」
「餞別だ。おいシェラド、ついでに街の案内もしてやれ」
「はっ、仰せのままに」
右手を胸に当てて首を垂れるシェラドは、宛ら厳格な軍隊長に従う下っ端隊員のようだった。
だが、そうなるのも無理はないと思い始めていた。
だってめっちゃ怖いもん、この人。
「何してる。さっさと行かねえか」
「は、はい! ほら行くぞ、早く」
「あ、ああ」
その言葉に急かされるように、いや、寮長から逃げるように。
僕らは学生寮から勢いよく飛び出した。
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