第47話 そのモブ、我儘な想いを。
♢
ずっと、ずっと逃げてきた。
今だって、恐らく逃げ続けている。
向かい合うのが怖いから。
怖くて震えて動けなくなってしまうから。
だから、あのときからずっと目を背けてきた。見て見ぬ振りを続けてきた。
後ろめたさや罪悪感を感じながら、それでも仕方がない、どうせ何もできないのだから。
そんな風に言い訳をしてきた。
言い訳をして、臆病な自分を正当化してきたんだ。
別に、それが間違っていたとは思っていない。
平穏に、それなりに、普通に生きる分には、むしろ利口な判断だったに違いないと、今でもそう思っている。
だから、これは恐らくとんでもなく愚かな選択なんだろう。
理屈にも合っていないし、説明もできない。
キャラ崩壊も甚だしい。
僕なんかが何をやっているんだって、僕だって思っている。
でも、それこそ仕方がなかった。
居ても立っても居られなかったんだ。
だって、その少女の頑張りを僕は知っていたから。
彼女が独りで鍛錬に励む姿を幾度となく目にした。
彼女が笑ってしまうくらい負けず嫌いで、直向きに努力を重ねることを肌で感じた。
彼女が言い訳をして、誰かのせいにするところだって見たことがない。
なんでも自分のせいにして、自分だけでなんでも乗り越えようとしていた。
真面目で、どこまでもストイックで、目的のためにひたすらに真っ直ぐなその少女に、僕は報われてほしいんだ。
努力をしても報われないことがある。
むしろ、その確率の方が遥かに高い。
そんなことはよくわかっている。
でも、それでもやっぱり、彼女には報われてほしいんだ。
あんなに頑張っている人が誰にも認められないなんておかしい。
誰にも期待されずに、酷い言葉を投げられるなんて、そんなの絶対おかしいんだ。
そんな理不尽、あっていいわけがない。
あってほしくないんだ。
だから、僕はこの選択をした。
資格が無いなんて関係ない。
これは償いでもなんでもないんだから。
あの過去と向き合えたわけでも、乗り越えたわけでもない。
そのつもりは毛頭ない。
ただ僕は、今の僕の気持ちを包み隠さず剥き出しにしただけ。
重くて冷たい空気がいくら身体を震わせても、声を裏返しても関係ない。
胸が苦しくても、どんなに辛くても関係ない。
ただ、伝えたいと思ったから。
何もできないのかもしれない。
何も変わらないのかもしれない。
でも、それでも僕は伝えたかった。
勝て、勝て、勝ってくれ、シオン。
何の役にも立たないかもしれないけど、僕は本気でそう思っている。
報われてほしい、勝ってほしい。
その頑張りが実ってほしい。
そう願っている、期待しているんだ。
だから、僕は叫ぶ。
心の奥底から湧き出る想いを、この声に乗せて。
その少女に届くように、何度も叫ぶ。
その言葉を、想いを、伝え続ける。
────『頑張れ』と。
♢
「くそっ! なんなんだいアイツは!」
あまりの大声に驚いて詠唱を中断してしまったラクスは、その声の主に苛立ちを隠せないようだった。
でも、彼とは対照的に私の心は思いの外晴れやかだった。
「ふ、ふふっ、あははっ、なによそれ」
今もなお響き続ける大きな叫び声に隠れるように私は呟いた。
何度も何度も繰り返されるその言葉を耳にして、吐き出さずにはいられなかった。
だって、馬鹿みたいなんだもの。
でも、その馬鹿みたいな言葉は温かかった。
温かく私を包んでくれるみたいだった。
さっきまでのどんよりとした空気が嘘みたいに晴れ晴れしてる。
胸も随分と楽になった。
試しに深呼吸をしてみると、身体のあちこちがやっぱり痛むけど、空気は美味しかった。
「まったく、やっと終わったのかい……」
ラクスが眉を顰めながら睨むように観客席の一点を見つめていた。
その視線を追いかけると、さっきまで叫び続けていたアクタが警備員に取り押さえられているところのようだった。
試合妨害で退場させられてしまうみたい。
まあ当たり前ね。
……でも、おかげでだいぶ吹っ切れた。
『パチンッ』
「……なんだい? 頰なんか叩いて、気でも狂ったかい?」
ヒリヒリして痛む頰を摩りながら、私は静かに目を閉じる。
そして、小さく息を整え目を開き、ラクスを真っ直ぐ睨んだ。
「別に、気合いを入れ直しただけよ」
「気合いを入れ直した? はっ、だからなんだって言うんだい? 今更何をしても結果は変わらないよ? 君は僕に負けるんだから」
「いいえ、私はあなたに勝つわ。だから、全力で来なさい」
「はあ……? 何を馬鹿げたことを」
「もしかして、もう全力は出せないの? それとも、全力を出して負けるのが怖いとか?」
「……いいだろう、今度こそ僕の全力を君に叩き込んであげるよ。その身体、使い物にならなくなっても恨まないでくれよ?」
「その台詞、そっくりそのままお返しするわ」
売り言葉に買い言葉。
私の安い挑発にラクスは乗ってきた。
さっきの長い詠唱をまた唱え始めたのがその証拠。
今度こそあの岩の拳がとんでもない威力で飛んでくるに違いない。
当たったらひとたまりもなさそうね。
……だけど、一先ずここまでは計画通り。
あとは、タイミングを合わせるだけ……。
あの叫び声を聴いてから、頭はびっくりするくらいクリアだった。
思考も一際冴えている。
だからこそ、思い出せた。
自分が負けるはずがないと思って油断し切っている相手にだけ有効な作戦。
その意識の虚を突く決定的な一手。
あなたのおかげで思い出せた、この場における最善手。
絶対に、成功させてみせる……‼︎
「──
「っ‼︎」
ラクスは詠唱を終えると、一瞬のうちに姿を消した。
そして次の瞬間、とてつもない轟音と共に闘技場のステージの外、観客席の壁が粉々に崩れていた。
「おおっと〜〜〜〜‼︎‼︎ 何が起こったのかわからない‼︎ わからないが! なんと! なんと‼︎ 今の一瞬で、勝負が決まってしまったようだあ〜〜!!!! この長い激戦を制し、見事勝利したのは──」
♢
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