第41話 そのヒロイン、決戦の朝に。
♢
朝日が昇り始め、淡い光が街の中央に位置する巨大な闘技場に差し込んでいた。
その光は会場内を包み込み、広大な空間に神秘的な輝きを与えている。
会場の中心に位置する円形のステージ。
それを囲むように円周上に設置された観客席には既に多くの人々がぞろぞろと集まっている。
魔法師学院の学生たちは勿論のこと、その保護者や街の住人、魔法師ギルド所属の魔法師までもが、その場所で行われる催しを一目見るために集結していた。
それらの観客席よりも少し高い位置にある来賓席。
そこには、有力貴族や国の要人、そして白の軍服に身を包む
勿論、団長であるヴァンダーム=ウィンチェスターの姿も確認できた。
私──シオン=ステラスティア、もといシオン=ウィンチェスターは、久しぶりに目にする実の父親の姿をじっと見つめた後、ゆっくりと深呼吸して控室へと足を運ぶ。
いよいよ、代表選抜戦当日。
大丈夫、やれることはやってきた。
今日はその成果を出すだけ。
いつも通りやればうまくいくはず……。
控室のベンチに腰掛け、自分に言い聞かせるように心の中で小さく呟く。
しかし、周りの雑音が煩くてイマイチ集中できない。
気を紛らわすために、控室に用意された水分を勢いよく飲み干す。
外から聴こえてくる大会アナウンスも耳に障ったが、精神を乱すのは周囲で話す選手たちのヒソヒソ声だった。
彼らの会話は正確には聴き取れないが、私に向けられる冷ややかな視線から察するに、あまりいい内容とは思えない。
「……ふぅ」
中庭でのあの一件以来、私の環境は著しく変化した。いや、悪化した。
あからさまな陰口も多くなり、杖や靴などを隠されることもあった。
すれ違い様に足を引っ掛けられたり、肩をぶつけられることも日常茶飯事。
偶然を装える程度の嫌がらせばかりではあったのだけれど、それでもそれなりに精神的な負荷はかかっていた。
……そういえば、あの男も一切訓練場に姿や現さなくなった。
まあこれは賢明な判断と言えるでしょうね。
私と関わっても厄介事に巻き込まれるだけなのだから。
別に親しかったわけでもないし、こうなるのは当たり前。
大丈夫、元に戻っただけ。
私はずっと独りだったんだから。
「さあいよいよ皆様お待ちかね! ウラナト魔法師学院代表選抜戦、第1戦に移っていきましょう! 本日、開幕戦を飾るのはこの2人‼︎ 冷徹なる氷の使い手、美しき黒髪の乙女、シオン=ステラスティア‼︎ 対するは──」
実況の声に促されるように会場に出て行く。
眩しい陽射しを手で避けながら円形の闘技ステージに上がると、数多の視線が私を突き刺した。
その瞬間、ガヤガヤとした観客の声が全て私を責め立てる言葉に聴こえてきた。
……でも、そんなことは関係ない。
たとえ独りでも、私はやる。
為すべき事を為すだけ。
だから、見ていてください──お父様。
私は静かに目を閉じ、改めて覚悟を決めた。
「──では第1戦、始め‼︎」
♢
「……ん」
寝覚めの悪い朝。
眠気眼を擦りながら時計の針を見ると、ちょうど7時を回ったところだった。
いつも通り寝坊助のルームメイトを起こすことから始めるか、と重たい腰を上げる。
しかし、向かいのベッドにシェラドの姿はなかった。
代わりに目に入ってきたのは、汚い文字が書かれたくしゃくしゃの紙。
『刻は来た。我、闘技場へ向かう。同志よ、後に合流せよ。共に世界を救おうではないか』
中2臭い文言の羅列。
クロロに影響を受けた結果、シェラドはたまにこういう怠いノリを披露するようになった。
鬱陶しさに拍車がかかって正直手がつけられなくなりそうなのだが、今は一旦置いておこう。
それよりも手紙の内容だ。
解読するのに数秒を要したが、割と簡単にその主旨は読み取れた。
「……そっか、今日だっけ選抜戦」
原作ゲームのエフトの第1章『孤高は脆く、儚げで』。
気づけば、そのクライマックスとされる日が訪れていたらしい。
そういえば、原作だと選抜戦の前日にラクスに拉致されたシオンをソーマが助けるんだったか。
この世界ではどうなんだろうか……って、そんなこと考えても仕方ないか。
もう僕には関係ないことなんだ。
彼女の支えになる、救いになるなんて、そんな資格は僕にないんだから。
アンナとの遭遇から数日。
僕は何もしないことを決めた。
ソーマを失ったこの世界がどうなるのかはわからないが、それでも僕は何もしない。
そもそも何もできないし、何かをする資格すらないのだ。
それが僕の辿り着いた結論だった。
脱力しながらドサッとベッドへ倒れ込む。
選抜戦には正直行く気はないし、今日は何もやる気が起きない。
そのため優雅に二度寝でもしようかと思ったのだが、
「……ぐぅ〜」
静寂に包まれていた室内に響く低い音。
誰に聴かれているわけでもないのに、なんとなく恥ずかしくなるくらいに大きな腹の音だった。
「……はあ」
ベッドのシーツに向かって深いため息を溢した後、身を翻し仕方なく身体を起こす。
腹が減っては戦はできぬとか言うけど、戦がなくても腹は減るし、腹が減っては休むことすらできないんだよな。
全く不便な身体だと意味のない不満を心の中で呟きながら、僕は学生寮を後にした。
学生寮を出て数分歩いたところに僕とシェラドがよく通っているラーメン屋がある。
例の如く名称はこの世界特有のものでラーメンではないのだが、見た目も味も限りなくラーメンに近い料理なのだ。
もう面倒なので、最近は開き直ってラーメンと呼んでいる。
そのためシェラドにはラーメンで通じるようになってきていた。
通い慣れた道を半分寝ながら進む。
学院の代表選抜戦はこの辺りじゃかなり有名な催し物のようで、近隣住民の多くが会場へ足を運ぶらしい。
そのためなのかはわからないが、今日はやけに街が静かな気がする。
もしかしたら、この世界にいるのは自分だけなんじゃないか。
気を抜くとそんなイタイ妄想に浸ってしまいそうになる。
それくらいには閑静な街並みだった……のだが、
「やあ、また会ったね、アクタ君」
どこかで見たことのある爽やかな笑顔の高身長なイケメンが右手を挙げてこちらに声をかけてきていた。
獅子のバッヂの付いた純白の制服に身を包むその男は、コツコツと足音を鳴らしながら真っ直ぐこちらへ歩いてくる。
心底面倒だなあと思いながらも、僕は仕方なくその男に言葉を返す。
「……おはようございます、リオンさん」
♢
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