第5話 その主人公、胸中を明かす。


 俺──ソーマ=ブライトは、負けるのが大嫌いだった。


 他の誰かにできて自分にできないことがあると、とにかく悔しかった。

 それが自分の好きなことや力を入れていることであれば、尚更悔しさは強くなった。


 そんなとき、俺は決まって努力した。

 できるようになるまで必ず努力を続けた。

 理想を現実にするために、ただひたすらに努力を重ねた。

 俺にとって、努力は最強の自分になるためのパートナーに他ならなかったのだ。


 だからこそ、理解ができなかった。

 できる努力もせずに諦めた目をする、こいつの存在が。


「んだよ、もう終わりかよ。歯応えねーな」

「はあっ……はあ、はあ……もう、むり……」


 息も絶え絶えで今にも倒れてしまいそうな目の前の少年──アクタ。

 俺はついついこいつに冷ややかな視線を向けてしまう。

 こいつを見ていると、無性に腹が立ってくるのだ。


「や、やっぱり強いね、ソーマは」

「別に強かねーよ、お前が弱いだけだ」

「あはは、そうだね……」


 勝負に負けたというのに、平気でヘラヘラしている。

 アクタのその様子も、やっぱり気に入らなかった。


 だが、最近はこのイラつきも少し落ち着きつつあったのだ。

 それは、アクタが行動し始めたから。

 何もしようとしなかったこいつが、研鑽を積み始めたからだった。


 『何もできない役立たず』


 そんな風に俺が焚き付けたからなのか、それとも他に理由があるのか。

 アクタが魔法の修行をする理由ははっきりしなかった。

 でも、ひたむきに鍛錬に励むこいつの姿を目にする度に、俺の心は落ち着いていったんだ。


 だから、ほんの少し期待していた。

 今のアクタとなら、普通に遊べるんじゃないかって。


 まあその期待も、ものの見事に裏切られる結果になったけどな……。


「やっぱ、つまんねー試合になったな」

「……えっと、その……ごめん……」


 居心地悪そうに謝罪をするアクタ。

 しかし、その行動までもが俺の神経を逆撫でする。


「ごめんって、お前わかってんのか?」

「え……?」

「俺がなんでつまんなかったか、わかってんのかって訊いてんだよ」


 とうとう我慢ならなくなり、アクタに詰め寄ってしまう。

 ぎりぎり声は荒げていなかったが、俺は憤りを抑えられていなかった。


「え、えっと……僕が、弱いから……?」


 おずおずと絞り出されたアクタの返答は、見当違いにも程があった。

 同時に、こいつは本当に何もわかってないんだなと理解した。

 こっちが何を言っても、こいつはその意味を理解していない。

 だから俺ばかりが空回ってしまう。

 手応えなんて感じられるわけがない。


「…………はあ……」


 おどおどして汗を垂らすアクタに対し、俺は力を抜くように特別大きなため息を吐く。

 それから、吐き捨てるように思いの内を明かしていくことにした。


「お前が勝とうとしてないから、だろ」

「……え?」

「まさか自覚無し、なんて言わないよな?

 お前、ずっとそうだぞ?

 何やるにしたっていつも自信なさげでさ。

 やってもいないのにすぐに諦めて。それで俺に馬鹿にされても平気でへらへらしてよ。

 あーくそ、またムカついてきた……」


 言っているうちに危うくイライラが爆発しそうになる。

 ふうっと深呼吸を挟み、一度精神を落ち着かせる。


「最近は鍛錬してるみたいだったから、少しはまともになったのかと思ったんだけどな。とんだ思い違いだったわ」

「……」

「最初からろくに反撃もしてこないでただ避けるだけ。俺に勝ってやろうって気概は全く感じられなかった。

 お前、なんで本気にならねえんだよ」

「…………」


 そこまで言っても、アクタは何も言い返してこなかった。

 少し俯いたままずっと動かず。

 辛そうにも、悔しそうにも、悲しそうにもせず。

 その表情からは、何を考えているのか全く読み取れなかった。


「おいアクタ、きいてんのか?」


 その態度も癇に障り、思わず苛立ちを露わにしてしまう。

 しかしその甲斐もあってか、ようやくアクタは顔を上げた。


「……ソーマ」

「あ?」

「僕、エナを救いたいんだ」

「……は?」


 徐に開かれた口から出てきたのは、あまりに突拍子のない言葉。

 だが、このときのアクタの眼は、なんだかいつもと違う感じがした。

 力を宿しているというか、なんというか。

 とにかく、『生きている』。

 そんな感じがしたんだ。


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