第6話 そのモブ、淡い期待を胸に。


 ──なんで本気にならねえんだよ。


 そう問われたとき、僕は何も言い返せなかった。


 だって、図星だったから。


 『どうせ僕には何も変えられない』


 いつからか僕は、この腑抜けたマインドに囚われていた。

 おそらく前の世界から、ずっとそうだったんだ。


 よくて中の上。大抵は中の下。

 可もなく不可もなく。

 通知表には3と4だけがずらっと並ぶ。

 それが、僕だった。


 別に落ちこぼれていたわけではない。

 孤立していたわけでもない。

 友達だって多い方だった。


 ……でも、普通だったんだ。


 何をするにも平凡で、人より目立つという経験をほとんどしたことがなかった。

 極々稀に運や噛み合いなんかがよくて好成績を残すこともあったが、1番になることは決してなかった。

 どんな分野にも自分より才能がある奴は必ずいて、彼らには到底敵わなかったんだ。

 どんなに努力をしても、その背中に僕の手が届くことは絶対になかった。


 だからか、ふとしたときにこう思ってしまったんだ。


 ──本気になるだけ、無駄じゃないか?


 何かに熱を上げ、死に物狂いで努力する。

 そんなことをしてもどうせ大した結果になり得ないなら、最初から諦めた方がいいんじゃないか?

 理想なんて捨てて、現状に満足した方がいいんじゃないのか?


 何か大きなきっかけがあったわけでもなく、自然とそう思うようになっていたんだ。


 ……だからこそ、思いの丈を包み隠さず打ち明けるその少年は、太陽みたいに熱く、輝いて見えた。

 どこまでも自分の気持ちに正直に生きる彼に、僕は憧れてしまった。

 憧れて、期待してしまったんだ。


 『エナには、ずっと笑顔でいてほしい』


 僕には到底叶えられないこの願いも、彼であれば。

 この世界の主人公である彼──ソーマ=ブライトであれば、実現してくれるかもしれない。


 そう信じたくなったんだ。



「僕、エナを救いたくて鍛錬をしてたんだ」

「は?」

「でも、すぐに無理だってわかった。

 僕なんかには彼女の運命は変えられないんだって。

 だから────ソーマ、エナを救ってほしい」


 気づけば僕は、口早にまくし立てていた。

 対するソーマの表情はこの上なく怪訝で、かなり戸惑いを感じているようだ。


「……いや、意味わかんねえ。エナを救う? 何から? てか救うってなんだよ」

「これからどんなことが起きても、エナのことを守ってあげてほしい」

「だからわけわかんねえって。てか守りたいならお前が勝手に守ればいいじゃねえか」

「僕にはできないから」

「は? なんで決めつけんだよ。わかんねえだろ、やってみなきゃ」

「ううん、できない。できないんだよ、僕には…………」

「……はあ?」


 得心がいかないソーマに構わず、僕は深々と頭を下げた。

 真面目に話しても信じてもらえるわけがない。

 だから、僕はこうしてただ頼み込むしかなかったんだ。


「頼むよソーマ。エナを助けてくれ」

「……マジなんなんだよお前。言ってて情けなくないのか?」

「情けないかもしれない。けど、僕にできることはこれくらいしかないから」

「…………」

「………………」


 長い沈黙が続いたが、しばらくするとソーマは観念した口調でその沈黙を破った。


「……やっぱわけわかんねえわ」

「……そう、だよね…………」

「……けど、わかんねえけど、わかった」

「え?」

「なんか知らねえけど、お前が本気だってことは、なんとなくわかったって言ってんだよ」


 顔を上げると、ソーマはそっぽを向きながら、気恥ずかしそうに頭を掻いていた。

 

「てかそもそも頼まれることでもねえしな。

 エナは家族なんだからよ、助けが必要なら助けるだろ、普通に」

「……ありがとう、ソーマ」

「だから礼も要らねえんだよ。当たり前のことなんだから」

「うん……でも、ありがとう」

「はあ……わかんねえやつだな、ほんとに」


 ソーマは心底呆れた様子だったが、僕は人知れず安堵していた。


 『ソーマがエナを助けると約束した』


 この事実は、僅かではあるが確かな希望に見えた。


 原作では恐怖で動けなかったソーマが、エナを助けると言ってくれた。

 その口約束自体に意味は無いのかもしれない。

 それでも、何かが変わるかもしれない。

 ソーマなら、主人公なら、なんとかしてくれるかもしれない。

 少なくともこのときの僕には、そう思えていたんだ。


 ……しかし、


 ──ドゴーーン‼︎


 ようやく見えた一抹の希望は、いとも容易く崩れ去る。


「なっ、なんだよ今の⁉︎」

「村の方から……?」


 すぐに僕たちは音の方へ駆け出していた。


 なぜか胸がざわつく。

 とてつもなく嫌な予感がする。


 あの鈍い轟音は、今も繰り返し鳴り響いている。

 音が鳴る度、足は泥沼に嵌ったみたいに重くなり、心臓の音も痛いくらいにうるさくなった。

 まだ10秒も走ってないというのに、息は乱れ、みるみるうちに浅くなっていった。


「なん……だよ、これ……っ⁈」


 いつの間にか十メートルほど先を走っていたソーマは、何かを目にして呆然と立ち尽くしている。

 なんとかそこまで追いつき、その視線の先に目をやる。


 ──ドーン!

 ──ドゴーーン‼︎


 耳を劈く轟音と悲鳴。

 立ち込める黒と灰の煙。

 辺りには何かが焦げるような匂いが漂い、ムワッとした嫌な熱気が肌を撫でる。


 その凄惨な光景を目の当たりにして、僕は自然と理解してしまった。


 あの最低最悪のプロローグが、たった今、幕を開けたのだということを。


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