【第0章・第1章完結保証】そのモブ、異世界にて主人公を志す~モブからモブに転生したモブがモブでなくなるまで~

乾 星

第0章 そのモブ、運命に抗う。

第1話 そのモブ、転生を悟る。


 特別な人間など、いるはずがない。


 人は皆一様に何者でもなく、ましてや大した奴でもない。


 たとえ物語の主人公が現れたとしても、最期には必ず地に伏し、命を絶やす。


 そう定められているのだから、仕方がない。


 何をしても、どれだけ足掻いても、結末は変えられないのだ。


 選択には意味も価値も無く、全ては虚しく、徒労に終わる。


 この滅びゆく世界では、その残酷で退屈な筋書きを歪ますなんてことは以ての外、


 ────できるわけがないのだ。



「ん、んぁ……?」


 目を醒ますと、森だった。


 どこに目を向けても、木、木、木。

 それらが日差しを遮っているようで視界はやや薄暗いが、風に揺れる枝葉の合間からは真っ赤な太陽がちらちらとこちらを覗いていた。


(どこだ……? ここ……)


 明らかに知らない場所だった。


 おかしい。

 絶対におかしい。

 ついさっきまで大学にいたはずなのだ。

 いつも通りレポートの〆切に追われた僕は、無断で空いている講義室に陣取ってひたすら机に向かっていた……はずだ。

 少なくとも記憶はそう言っている。

 だとすると、眠りこけた間抜けな僕を誰かがここまで誘拐したってことなのか?


 いやいや、そんなことあるか?

 ないだろ……常識的に考えて。


 イマイチ状況を飲み込めないでいると、背後から物音がした。

 どうやら足音のようだ。

 カサカサと背の高い草木を揺らしながらこちらへ近づいてきている。


 それが何者なのか、当然だが皆目見当も付かない。

 どうせタヌキかなにかなんだろうとは思ったのだが、誘拐犯である可能性も一応は考慮し、僕はすぐ逃げられるように体勢を整える。


 しかし、その警戒はやはり杞憂に終わった。


「あ! いたー! もー探したんだよー?」


 金色に輝く長い髪をそよ風に靡かせながら姿を現したのは、1人の少女だった。

 それも、とんでもない美少女。


 ここまで容姿の整った人に僕は会ったことがない。

 そう断言できるほどに、その少女は美しかった。


 白のピンで前髪は綺麗に纏められ、幼さを感じさせる大きな額が覗く。

 くりっとしたまん丸の瞳は蒼穹のように透き通った美しさで、こちらを釘付けにして離さない。

 かと思えば、そのすぐ下では薄桃色の頬を少し不満気にぷくりと膨らませ、小さな口を尖らせている。

 それらが演出する少女特有のあどけなさは男心をくすぐるには十分過ぎる程の破壊力を有しており、僕はものの見事に心を奪われていた。

 

 正直、完敗だった。

 お手上げもお手上げ。

 サレンダーである。


 私に天使が舞い降りた。


 なんて、どこかで聴いたようなフレーズを思わず吐き出しそうになる。

 それくらいのかわいさだった。

 

 ……しかしながら、その少女に対してどこか違和感を覚えている自分もいた。


 これほどの美少女と出会った経験など絶対にない。

 間違いなくそう言い切れるのに、彼女の容姿にはなんとなく見覚えがある。

 そんな気がしてならなかった。


「なんだアクタ、そこにいたのかよ。ったく手間取らせやがって」


 既視感にも似た不気味な感覚に戸惑いを隠せずにいると、少女の背後から今度は少年が現れた。


「手間って……ソーマは遊んでばっかだったじゃん。なんにもしてなかったくせに」

「あーうるせーうるせー。相変わらずババアみてえに細けえな、エナは」

「誰がババアよ、誰が! ……まったく、だいたい私達同い年なんだから、私がお婆さんならソーマはお爺さんでしょ?」

「はあ、やっぱ細えし……」


 軽口を叩き合う少年少女を眺めているうちに既視感は益々強くなり、ようやくその正体に気がついた。

 気づくと同時に、僕は無意識に口走っていた。

 

「……そー、ま?」

「ん? なんだよアクタ。そんなに驚いて」

「……本当に、ソーマ、ソーマ=ブライトなのか?」

「はあ? いやだからそうだって。どうしたお前。あれか? 頭か? 頭打ったのか?」

「アクタ……本当に大丈夫? 帰ったらゾルドおじさんに診てもらう?」


 僕の言動に2人は強い不安を覚えたようだったが、そんなこと今はどうでもよかった。


 静かに輝く翡翠の瞳。

 燃え盛る様な真紅の髪。

 水晶のような深い碧の首飾り。


 ……やはり、見間違いようがない。


 遠い昔、僕はこの少年を見たことがあるのだ。

 

 それも、

 

 ということは、なのだろう。


 正直現実を受け止めきれていなかった。

 だが、実際に目の前にいるのだから信じる他ないみたいだ。



 ────結論から言おう。



 どうやら僕は、らしいのだ。



 夢にまで見たってやつを。


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