第2話 そのモブ、正体がわからず。


 ソーマ=ブライト。

 彼は、とあるゲームの主人公だった。


 ゲームタイトルは、『The End of the Fairy Tale』──通称『エフト』。


 英雄を志す主人公の苦難と成長を描く重厚なストーリー。

 そのクオリティの高さは多くの人を唸らせるほどだった。

 中でも、特殊な方法でクリアすることでしか辿り着けない隠しエンディングの内容が評価され、当時はかなり話題になっていた。


 そんな名作ゲームの中に、僕は転生してしまったらしい。


 俄かには信じ難いが、ゲームの主人公であるところのソーマが目の前に現れたのだから認めざるを得ないだろう。

 全くわけがわからないが……。


 どうやって、いつ転生したのか。

 僕は前の世界で死んだのか。

 転生したとして、なぜ僕なのか。


 わからないことは山のようにあった。

 だが、この世界で数日過ごす中で、僕は自然とここがエフトの中で間違いないと思うようになっていた。

 この世界にはゲームの設定と重なる部分が多く存在したからだ。


「アクタ、どうしたの? ぼーっとして」

「え? あーうん、ちょっとね」


 僕の顔を覗き込みながら声をかけているこの美少女も、例に漏れずゲームに登場していた。


 彼女の名前は、エナ。年齢は12歳。

 腰まで伸びる長い金髪が印象的なソーマの幼馴染だ。

 性格は、一言で言えば良い子。

 どこまでも純真無垢で、真っ直ぐな優しさを持つ彼女は、誰とでも分け隔てなく接せられる。

 おまけにルックスはピカイチで、近い将来絶世の美女になるだろうことは容易に想像できた。


「エナは? 何か用事?」

「ううん、アクタの背中が見えたから来てみただけー」


 純白のワンピースをひらひらと揺らめかせながら、にこりと白い歯を見せるエナ。

 その笑みは目が焼けるレベルの眩しさで、思わず拝みたくなる程だった。


 エナは孤児院で生活しており、ソーマや僕もその孤児院にお世話になっている。

 孤児院には他にも子どもが数人所属しているが、僕たちより幼い子しかいない。

 そのため、エナは子ども達の面倒を見るお姉さん的な役割を担うことも多かった。


 今、僕とエナが話しているのも孤児院の中だ。

 芝の生い茂る中庭を一望できる縁側のような場所に腰掛け、のほほんとそよ風に吹かれていたところだった。


「何してんだ、お前ら」


 そんな折、背後から唐突に声をかけられる。

 振り返ると、気だるげな表情を浮かべるソーマがぺたぺたと足音を立たせながらこちらへ歩いてきていた。


「そういうソーマはまた夜更かし? そんなんだといつまで経っても大きくなれないよー?」

「うっせ、余計なお世話だ」


 ソーマは少しオーバーサイズのシャツと短パンという、至ってシンプルな少年スタイルだった。

 寝起きだからか、真っ赤な髪のツンツン度合いはいつもの8割程度になっている。


 彼は不満を垂れ流しながらすぐ側まで来ると、僕を一瞥してからエナに目を向けた。


「まあ暇なんだな。なら『あれ』やろうぜ」

「えー? またー?」

「いーだろ別に、暇なんだからよ」

「ちょ、ちょっと待ってってば! わかった、やるから! 引っ張んないでよ、もー」


 不満を露わにするエナだったが、ソーマに細い手首を掴まれて問答無用で中庭へと連行されてしまった。

 

 ソーマの言う『あれ』とは、最近彼がハマっている遊びのことだろう。

 それも、ただの遊びではない。

 を使った遊びである。


 魔法はこの世界に当たり前に存在していた。

 思えばこの事実も、ここがゲームの中である証明材料と言えるかもしれないな。

 洗濯をするにしても、料理で火を扱うにしても、それこそ子どもが遊ぶにしても。

 日常のあらゆる場面で魔法が登場する。

 それがこの世界の常識なのだ。


「っしゃ、いくぞ!」

「ふん、負けないからね?」


 勝負はすぐに始まった。

 ルールは詳しく知らないが、おそらくドッジボールの亜種みたいな遊びである。

 石で区切られた長方形の範囲の中を素早く駆け回る2人。

 彼らは互いに相手を翻弄しながら魔法で水の塊を作り、ひたすらに投げ合っている。


 「よくもまあ、あんなにすばしっこく動けるなあ」と感心しつつも、彼らの遊ぶ様子にすら僕は既視感を覚えていた。

 誰と話しても、何を見ても、何を聞いても、なんとなく初めてな気がしなかった。

 この世界で経験する全ての事柄が、ここがエフトの中であることを僕に確信させていたのだ。


 しかし同時に、ある1つの疑問が浮かび上がった。



 ────僕は、誰なんだ?



 ソーマやエナは、僕のことをアクタと呼ぶ。

 だから、名前はアクタなのだろう。

 だが、そんな名前のキャラクターはエフトにはいなかったのだ。


「あっ!」


 小さな破裂音の直後、すぐ目の前で水が弾けた。

 エナとソーマの放った水の塊が衝突し、その流れ弾がこちらに飛んできたようだ。


「ごめんアクタ! 大丈夫だった?」

「あ、うん、大丈夫」

「そっか、よかった」


 そう言ってエナがこちらに笑顔を向けたのも束の間、荒々しい声が飛び込んでくる。


「よそ見してんじゃねえ!」

「うわっ!」


 僕を気にかけてくれたエナとは対照的に、ソーマは容赦なく攻撃を続けた。


「やったわね⁈」


 その攻撃を身体を捻ることで器用に避け、すぐに反撃するエナ。

 2人の実力はかなり拮抗していたが、すでに息は上がってきている。

 そろそろ勝負がつくかもしれないな。


 彼らの動きをぼんやり目で追っていると、ふと、足元にできた小さな水溜まりが目に留まる。


 そこには、僕が映っていた。

 だが、それは僕の知らない僕だ。

 

 明るい金の髪を生やしたもやしっ子。

 顔は前の世界のときと似てパッとしない。

 強いて言えば、死んだ魚の目のような小さな瞳が特徴と言えなくもないか。

 身体も小さく頼りなさそうで、なんともモブっぽかった。


 いくら観察してみても、冴えない自分を自覚して虚しくなるだけで、アクタというキャラクターについてはやはり何も思い出すことができなかった。


「きゃっ!」


 考え込んでいると、短く高い悲鳴が鼓膜を揺らした。

 何事かと声のした方へ反射的に目を向ける。


「なっ……!?」


 直後、世界が止まって見えた。

 全てがスローモーションになっている、そんな感覚。

 空いた口は塞がらず、瞬きすらも忘れて。

 目の前に広がるその楽園に、僕は一瞬のうちに魅入られてしまっていた。


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