第30話 そのモブ、厄介を擦りつけ。


 シオンと訓練場で話したあの日から、放課後に訓練場へ赴くことが多くなった。

 というか、意識的に通うようにしていた。

 自分から補習課題を担任に要求して無理矢理口実を作ることもあったくらいだ。


 理由はシオンと会うため。

 放課後に鍛錬を行うことが彼女の日課となっているらしく、彼女は毎日当たり前のように訓練場にいたのだ。

 シオンは口数が少なめではあるが、僕が魔法の扱いに手こずっていると、うんざりしながらもアドバイスをくれた。

 ただそれも1日に1度あればよいくらいの低い頻度で、それ以外の会話に関してはほぼ皆無に等しかった。


 だだっ広い空間に2人きり。

 響くのは無機質な魔法の音のみ。


 しかし、最初は気まずかったその沈黙も最近では心地よさすら感じられる。

 徐々にではあるが、彼女も僕がそこにいることを認めてくれている気がしていた。


 だが、問題に解決の兆しが見えると、他の問題が生じるのが世の常であり……。

 実際、現在進行形で少々マズイ問題が発生していた。


「なんかさー、お前最近付き合い悪くね?」


 頭に巻かれた黒の手拭いの下から疑いの眼差しをガンガンに向けてくるのは、シェラド。シェラド=マイヤー。僕のルームメイトだ。


「いや、普通に補習が多いだけだって」

「それだけかあ? なーんか隠してんじゃねえだろうなあ?」

「隠してないって、いやほんとに」


 こいつはシオンのことになると途端に面倒くさくなる性質を持っている。

 放課後にシオンと顔を合わせていることが知られでもしたら、何を言われるかわかったものではない。


「クンクンッ、なーんか匂う気がすんだけどだけどなあ」

「匂うってなにがだよ」

「なにってそりゃ、女の香り?」

「そんなのわかるのか?」

「そりゃわかるだろ、だって女の香りだぞ?」

「いやそんな当たり前みたいに言われても……」


 内心ヒヤヒヤしつつも、なんとか平静を装う。

 だが、シェラドが次に放ったその言葉は僕を動揺させるには十分過ぎる代物だった。


「んー、じゃあ今日は俺も補習付き合うわ」

「へ?」

「だーかーらー、俺も訓練場行くって言ってんの」

「あー……、そう、そっか。うん、なるほどね……」

「……-なんだお前、どうかしたのか?」

「いや? どうもしてない、してないから、うん、大丈夫」

「全然大丈夫そうじゃねえんだけど……」


 途端にしどろもどろになる僕に、シェラドはより1段上の強固な疑念を抱いたようだった。

 だが、この際いくら疑われても別に構わない。

 1番マズイのは、シェラドが訓練場に来てしまうこと。

 もしそこでシオンと鉢合わせでもしたら、疑念が確信に変わってしまう。

 そうなれば、誤魔化すことは不可能になるだろう。

 それだけはどうにかして避けなくては……。


「ふっふっふっ、なにやらピンチのようだな、我が盟友よ」


 ちょうどそのとき、あたふたする僕の鼓膜を芝居がかった声が叩いた。

 

「また面倒なのが増えた……」


 その声の主を確認すると同時に、僕の目の生気はみるみるうちに失われていった。


 腰元まで垂れる紺のマフラー。

 右眼にかかる黒の眼帯。

 腕には何重にも巻かれた白の包帯。


 今日も相変わらず奇抜な見た目をしている少女──クロロ=ディノアード。

 彼女は意味もなく顔に手をやりながら不敵な笑みを浮かべ、したり顔でこちらを見ていた。

 

「なんだ、嬉しくて声も出んのか?」

「あー、うん、そうだな」

「くくっ、やはりそうか」


 クロロは全てをそのまま受け取る。

 僕がどんなに棒読みで返しても、彼女は満面の笑みでその言葉を真に受ける。

 そのせいでなんだか悪いことをしている気分になることもしばしばある。

 ただまあ、こいつとまともに会話するとそれはそれで体力が消耗するため、ある程度は仕方がないと割り切っているんだが……。


 ふとシェラドの方へと目を向けると、彼はポカンとした表情を浮かべていた。

 だが、僕の視線に気づくとやがていつもの調子を取り戻していった。


「……おいアクタ」

「ん?」

「やっぱりいるじゃねえか、女」

「え」

「くっそ、隠しやがって。あんな可愛らしい女子、いつ仲良くなったんだよ? ちょっとくらい紹介してくれてもいいじゃねえか⁈ てかなんだよ盟友って、今の若者は恋人をそんな呼び方したりすんのか? いーな? たのしそーで!」


 僕の肩に手を回してガシッと引き寄せると、シェラドは耳元で囁くように喚き始めた。

 クロロの中二病全開な一面を完全に無視して可愛らしい女子と称するあたり、さすがと言わざるを得ない。

 恐らく容姿の整った異性なら誰でもいいんだろうな……。


「いや違うって。盟友はその、同志みたいなあれだって」

「……同志?」

「そうそう、それにシェラドだって歴とした盟友だしさ。なあ、そうだよな?」

「ふっ、然り」


 試しに話を振ってみたが、期待通り。

 クロロは変な決めポーズをとりながらノリノリで乗ってきた。


「盟友の盟友。それもまた盟友に相違ない」

「お、俺も、、、盟友……?」


 徐々に輝きを増すシェラドの目を見て、僕は勝利を確信する。

 あとは簡単だ。

 なんなら何もせずに流れに身を任せるだけでも事が済むかもしれない。


「新たなる盟友よ、貴様の真名はなんと言う?」

「俺は、いや、俺の真名は、シェラド。シェラド=マイヤー」

「ふむ、良き響きだ。ではシェラドよ、しかとその耳できくが良い。我が名は──」


 どこかで聞いたような流れの会話を横目に、そろりそろりとその場を後にする。

 結果的にクロロを存分に利用する形になってしまったが、まあいいだろう。

 2人とも幸せそうだったし。


 そんな風に自分で自分に言い訳をしながら、僕は訓練場へと向かうことにしたのであった。


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