第20話 そのモブ、成り行きで相対す。
♢
「きみたち、模擬戦すればいーじゃん」
「「……は?」」
「きみたち、模擬戦すればいーじゃん」
「いやあの、聴こえてます。2回言わなくても」
「あれ、そうだったの? 反応が薄いから、てっきり聴こえてないのかと思っちゃった」
イタズラに成功した子どものような無邪気な笑みを浮かべているのを見るに、メルティアはわざととぼけたフリをしているのだろう。
僕とシオンが戸惑う様子を見て愉しんでいるに違いない。
「模擬戦って、どういうことですか?」
場がメルティアのペースに呑まれつつあったところに、シオンの凛とした声がピシッと響く。
敬語が使われているが、少し圧を感じるのは気のせいではないだろう。
僕たちの近くまで歩いてきたシオンの表情は、少なくとも朗らかではなかった。
「模擬戦は模擬戦だよ? 演習の授業でもやったことあるでしょ? それをきみたち2人にやってもらおうかなーって」
「どうして……というか、誰なんですか、その人」
シオンは眉を顰めながら僕に視線を向けた。
地べたに座る僕を見下ろすその眼には、見下ろすというより見下すような威圧感が込められている気がした。
「この子はアクタくん、今日編入してきたの」
「あ、アクタ=グランツェです、よろしく」
メルティアの紹介を受けて軽く挨拶を試みるが、シオンの反応は芳しくない。
短く息を溢すと、再び視線をメルティアの方へ戻した。
「……それで、どうして私がその編入生と模擬戦をしなければいけないんですか?」
シオンの疑問は至極真っ当なものだった。
実際、僕も気になっていたし。
僕とシオンが模擬戦を行うという、あまりに唐突な提案。
その目的は全く見えていなかった。
「どうしてって、ほら、アクタくんこんな時期に編入してきてるでしょ? だからだよ」
「……?」
「さっき基礎測定は受けてもらったんだけどね? 実践能力の評価もしたいなーってちょこっと思ってて。で、それなら模擬戦が打ってつけかなって」
メルティアの意図がようやく見えてきた。
僕は微妙な時期に編入してきた。
そのため、基礎測定だけでは不十分と彼女は考えたらしい。
だが、恐らくその言い分では納得できないであろう人物が、この場には少なくとも1人存在しているわけで……。
「学院長」
「ん、何かな、シオンちゃん。そんなに怖い顔して」
「もう一度お尋ねします。私が彼と模擬戦をしなければならない理由はなんなのでしょうか?」
「あー、んー……そっか、シオンちゃんがわざわざやらなきゃいけない理由は、確かにないかもね」
ケロッとした表情で、さも当然かのように言ってのけるメルティア。
その異常とも言える胆力にシオンは面食らってしまったようだったが、すぐに言葉を返そうとしていた。
「なら──」
「でも」
だが、普段よりも低いメルティアの声がそれを遮った。
「でもきみは従ってくれる、そーだよね?」
「──っ!」
口だけで作られた不敵な笑みとは対照的に、メルティアの眼は不自然なほどに自然で、それが逆に不気味さを際立たせる。
その異様な雰囲気に気圧され、シオンはまんまと身動きが取れなくなっていた。
「アクタくんの相手、よろしくね」
「……わかりました」
次の瞬間には、メルティアはすっかりいつもの明るい雰囲気に戻っていた。
対照的に、シオンは少し鬱々とした目をしているような気がした。
その様子を眺めながら、僕はシオンの言動をなんとなく不審に思っていた。
なんというか、思ったよりすんなり従ったというか。
原作の彼女の気の強さを知っている身からすると、今の彼女は自分の意見を曲げるのが早すぎる気がしたのだ。
「アクタくんもそれでいい?」
「え?」
シオンがなぜメルティアに易々と従ったのか。
その疑問に思考のリソースを割いていたため、対応が一瞬遅れてしまう。
「あ、いや……、僕もうほとんど魔力尽きちゃってるし……」
それでも咄嗟に頭を回転させ、提案を拒むためのそれっぽい理由を捻り出した、のだが……、
「それなら大丈夫。ちょっと口開けてみて?」
「え、なんで」
「ほら早く、あーん、だよ、あーん」
そう言って可愛くせがむメルティアに逆らうなんてできるはずもなく、僕は小さく口を開けた。
「んぁ」
「もっと」
「……んあー──っ!」
半ばヤケになりながら大きく口を開けると、小さく硬い何かが舌の上で踊った。
驚きながら視線を落とすと、メルティアが悪そうな笑みを浮かべていた。
「これは……?」
「飴ちゃん。それも特別性の」
「特別性?」
「そそ。ちょっと苦いけど、舐めたら魔力を回復する効果があるの」
「な、るほど……?」
「これで魔力は全快、だね?」
「あ、えっと……」
「模擬戦、やるよね?」
「え、あ」
「ね?」
「アッハイ」
正直、シオンと一戦交えるなんてしたくなかった。
勝ち目はないだろうし、原作の流れから逸脱し過ぎてしまうと考えていたからだ。
しかし、有無を言わせず迫ってくるメルティアにたじろいだ僕は、最終的に首を縦に振ってしまっていた。
いやだって、仕方ないだろ?
この萌え女、予想以上におっかないんだもんよ。
ぶっちゃけ、あの恐ろしい寮長なんかよりよっぽど怖いかもしれない。
今更だけど、シェラドが簡単に大人しくなった理由がわかった気がする。
……まあ何はともあれ、僕とシオンが模擬戦を行うことは、このとき完全に確定してしまったのであった。
♢
「制限時間は5分。勝利条件は相手に参ったと言わせる、もしくは場外に押し出すこと。ちなみに場内は魔法を通さない結界で隔離してるから、加減はしなくて大丈夫。存分にやっちゃってね」
模擬戦は訓練場を八つに分けたときの一面分、つまりはバスケットコート半面分を使って行われるらしい。
僕とシオンは今、互いにコートの両端に立って向き合っており、その中間地点でメルティアがルールの説明を行ってくれている。
だが、シオンはその説明をあまり聞く気がないようで、黙々と準備運動をしている。
つい先程までは模擬戦の実施にあまり納得のいっていない様子だったが、どうやら既に気持ちは切り替わっているらしい。
その証拠に、時折こちらに向ける視線はより鋭く見えた。
「ルールについて質問は……特に無さそうかな? ん、じゃあ2人共、準備はいーい?」
メルティアは僕とシオンを交互に見て異論がないことを確認すると、静かに頷いた。
それから徐ろに右手を挙げると、その状態で静止した。
彼女のその行動の意図が読み取れず、僕は何事かと凝視してしまう。
しかし数秒後、メルティアはいきなり手を振り下ろした。
「──始め」
それが模擬戦開始の合図だと気づいたのは、メルティアが放ったその言葉が鼓膜を揺らしてからさらに数秒後。
前方から飛んできた氷の塊が僕の頬を掠めたときだった。
「──え?」
「……ねえ、やる気ある?」
細い杖の先をこちらに向けながら不機嫌そうにそう問いかけるシオンの鋭い眼を見て、僕は既に降参したくなっていた。
♢
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