第44話 そのモブ、違和感を覚えるも。


「彼、なかなかやるね」


 僕の右隣に長い足を組んで座るリオンは、左手を顎に当てがいながら楽しそうに呟く。

 何がそんなに楽しいのだろう……。

 自分の妹の対戦相手が強いことがそこまで嬉しいのか?

 それとも、妹の苦しむ姿を見ることを楽しんでいるのか?


「なんだい?」

「いえ、なんでも……。で、なかなかやるって?」

「ああ、ラクス君と言ったかな? キミは彼がどんな魔法を使っているのかわかるかい?」

「やっぱり魔法なんですか、あれ」


 ラクスは目に見えないほどの速さで動き回り、シオンを翻弄し続けている。

 彼女もなんとか凌いでいるが、それも完璧ではない。

 今も刻一刻と限界が近づいているに違いなかった。

 ラクスのスピードは目で追うのもやっとのもので、瞬間移動をしたんじゃないかと錯覚してしまうほどだ。

 彼が何をやっているのか。

 どんな魔法でそれを実現させているのか。

 僕には皆目見当が付かない。


 というか、そんなことよりも僕はラクスの強さに驚いていた。

 原作ゲームのエフトでは、シオンに成績で負けた後、メンタルがボロボロになった結果、薬に手を出して暴走していたからな。

 思えば、彼の本気をちゃんと見るのはこれが初めてかもしれない。

 正直、その実力の高さに衝撃を受けてしまって、彼の魔法にまで思考が追いついていないというのが現状である。

 ……まあ、よく観察しても僕にはわからない気がするけど。


「あれはね、属性で言えば雷だよ」


 諦めたような目をした僕を見兼ねたのか、それともただの気まぐれか。

 なんにせよリオンはラクスの戦い方を解説してくれるみたいだ。


「電気を神経に流して瞬間的に身体能力を強化しているんだ。ま、まだ制御不足なのか、高速移動の後に土魔法で足下にストッパーを作らないと止まれないようだけどね」


 見てみると、確かにラクスが移動した先には足首くらいの高さの岩の隆起があった。

 ならその隆起を見ればどこに移動するか読めるんじゃないかとも思ったのだが、そうやすやすと攻略できないようだ。

 ラクスは高速移動とほぼ同時にストッパーを出現させているから、たとえ隆起の位置に気づけたとしてもほとんど手遅れなのだ。


「電気で身体強化って、そんなことできるんですか?」

「できない、というかやろうとしないね、普通は。単純に痛いし、身体の制御も難しくてリスクも高過ぎるからね」


 淡々とラクスの魔法の難しさを語るリオン。

 その眼はどこか退屈そうにしていた。


「ならどうして彼はその魔法を扱えているのかって、そう思っているかい?」

「そりゃ、まあ……」

「うーん、どうしてだろうねえ」

「わからないんですか?」

「まあね」


 さも当然だと言わんばかりに、リオンはあっけらかんと言い放つ。

 その返答に僕が言葉を詰まらせていると、彼はつまらなさそうに微笑み、言葉を付け加えた。


「……ただまあ、予想はできるかな」

「予想?」

「うん。恐らくだけど、最初からできたんだよ」

「えっ……」

「見たところ彼にはあるみたいだしさ、魔法の才能が。だから、あの魔法もやってみたらできちゃっただけなんじゃないかなって」


 淡々と述べられるその言葉を聞きながら、僕は少しばかり不貞腐れていた。

 シオンが積み重ねてきた努力が否定されている気がして、なんとなく心がもやもやしたんだ。


 結局、才能かよ……。


 前の世界で何度も吐き出してきたその不満は、今にも口から飛び出そうだった。


「しかしまあ、あれじゃああの子の勝ち目はほとんどないね」


 そんな僕に視線を向けることもなく、リオンは戦況を眺めながらため息混じりにそう呟いた。


「いや、まだなにか手立てはあるかもしれないじゃないですか。実際今だって致命傷はもらってないし」

「無理だよ。あの子じゃ彼には勝てない」


 キッパリとした断言。

 その言葉はどこまでも冷たく、無機質に聴こえた。

 だが、不思議と厳しさは感じられなかった。


「あーでも、さっきのは少し惜しかったけどね」


 直後、リオンは思い出したかのように呟く。

 『さっきの』というのは、シオンの吹雪の魔法のことだろう。

 確か、フロストコフィンと言ったか。

 詠唱の後、両手を地に突くことで対象者の周囲に吹雪を生じさせる。

 その吹雪を耐え抜くのが至難であることは、身に沁みてわかっていた。


 しかし、ラクスはそれを耐え切った。

 やはり彼がシオンより一枚上手だということなんだろう。

 ただ、その事実になんとなく納得がいかない自分がいた。

 確かにラクスは強いのだろう。

 才能だってあるのだろう。

 でも、だからと言ってシオンのあの魔法を不意に打たれて無傷というのは、やっぱり信じられない。

 今日のシオンはどこかおかしい。

 いつも通りではない。

 そんな不気味な疑念が頭の中を支配していた。


「ん? どうかしたかい?」

「あ、いえ……」


 ただ、その憶測が当たっていたとしても、何も意味はないのだ。

 どうせ僕には何もできないのだから。

 何かをする資格も持っていないのだから……。


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