第6話 私の、せいなのです……。

 クレイさんの胸ポケットに揺られながら、螺旋階段をぐるぐる下りていくのです。


 思えば、クレイさんの部屋も酷いのです。隔離されたような塔の部屋なんて。私が巨人族ジガンテならぶっ壊してやるのです!

 だから! 絶対に王様と王妃様には文句を言ってやるのです!


 揺られながら大きな橋の通路を渡り、門の所までやってきたのです。


「クレイ王子! どこへ行かれますか!」


「飯」


「そうですか! お気をつけて!」


 門番の兵士さんがびしっと敬礼したのです。


「はいはい」


 クレイさんは、受け流すようにひらひらと手を振ったのです。ここはクレイさんに代わり! 妻の私が敬礼を——


「王子だから挨拶してやってんのに、泥狼がっ、何だあの態度! けっ!」


「——……」


 しないのです! 敬礼なんてしてやらないのです! ぜぇーったい! してやらないのですー!







 太陽市場ソーレ・メルカートにやってきたのです。


「ヤスイ……、ウマイ……」


 巨人族ジガンテもお店をやっているのです。知能が低く言葉を知らないから、あまり喋れないのです。


 でも、


「さすがなのです、美味しそうなのです……」


 巨人族ジガンテの果物や野菜は、ハリツヤがよく、魔法も使っていないから栄養たっぷりで、新鮮なのです。

 木箱の中に並ぶ品物を、クレイさんの胸ポケットから顔を出し、観察していたのです。


「じゃあ、巨人族ジガンテに要請すればよかったんじゃねぇか?」


巨人族ジガンテの国は、私の足ではいつ着くかわからなかったのです。それに、行き来するには交通の要であるこの国の許可がいるのです」


「まぁな」


「だから、ここメネストル共和王国に依頼したのです! 賢いおさの選択なのです!」


「あーはいはい」


「もー! クレイさんはそればっかりなのですー!」


「お、これはこれはー、クレイ王子ではありませんかー、ご機嫌麗しゅう」


「なん——」


 危なかったのです、「何なのです、この胡散臭い笑顔のぐるぐる髭さんは」と、口に出そうだったのです。


 でも、怪しさ満点なのです。見せびらかすような大きな赤い宝石のネックレスと指輪。腰に下げている皮鞄にもこれでもか! ってほど、大きな金色の宝石が施されているのです。


 それに、何よりやっぱり! ぐるぐる口髭が胡散臭さを倍増させているのです!


 ですが! 夫を立て、妻は静かにそっと傍にいる。それが良い夫婦の秘訣だと、お母様が言っていたのです!

 だから、ここは、静かにして、そーっと耳や尻尾も隠すのです。


「ああ」


 ボシュンと小さく音を立て、耳や尻尾を隠したところで、クレイさんが面倒くさそうに相槌を打ったのです。


「そうだ、ご結婚おめでとうございますー。何でも奥様は小人族ホビトンと牛獣人のハーフだとか」


「……どこで手に入れたその情報」


 元から低いクレイさんの声がさらに低くなったのです。

 でも、確かに、どこで手に入れたのか、不思議なのです。私が獣人とのハーフ、それも、牛というのは、小人族ホビトンとクレイさんしか知らないはずなのです。


「嫌だなー、あっしは商人ですよー? 色んなお客さんの話を小耳に挟んだだけですよー」


 人間族ヒュームの商人さんは、口髭をびよんびよんと手で伸ばしながら、胡散臭い笑顔を貼り付けたのです。


「ところで、牛ということは、奥様の乳からはミルクが出るんですかねー? ギャハハ!」


「む」


 獣人と牛さんへの冒涜なのです! これは私の出番——


「ひっ……!」


 と、思ったら、商人さんの顔が一気に青ざめ、冷や汗だらだらかき始めたのです。

 商人さんの視線の先を追ったら、


「おい」


 鋭い眼光のクレイさんがいたのです。


「これ以上こいつのことを言ったら、ここで商売できなくするぞ」


「ひぃっ!」


 クレイさんの低い威圧感ある声に、商人さんは尻もちつきながら後退りしたのです。その反動で胡散臭いランプなどが、棚から地面に落ちたのです。


「わかったな?」


 クレイさんがそう言うと、商人さんはぶんぶんと頷いたのです。


「行くぜ」


 私が入っている左胸ポケットにそっと手を添えると、クレイさんは商人さんに背を向けたのです。


「……泥狼がっ! 人を食い殺しそうな目ェしやがって!」


「む」


 今度こそ私が! と思ったら、添えてくれているクレイさんの手に力が入ったのです。


汚泥狼ファンゴウルフなのを感謝すんだな。俺が逸れ狼ストレーウルフなら、本当にてめぇを食い千切っていたぜ」


「ひぃっ……!」


 クレイさんがもう一睨ひとにらみしたら、商人さんの震えは速くなったのです。


「——……」


 クレイさんはまた歩き出したのです。


「…………」


 ポケット越しの私を守るようなあったかく優しい手。嬉しいのです、嬉しいのです、が、



『……泥狼がっ! 人を食い殺しそうな目ェしやがって!』



 クレイさんの評判がこれでまた、悪くなってしまったのです。


 私の、せいなのです……。




⌘⌘⌘⌘



 あとがき。


 クレイの威圧としょんぼりマルちゃん。


 マルちゃんはもう少し、しょんぼりします。

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