第15話 由々しき事態なのです!

 翌朝。


「さぁ! やってやるのです! クレイさん!」


「お前が試合するわけじゃないのに、相変わらず偉そうだな」


「私とクレイさんは一心同体なのです! だから! 私も試合するようなものなのです!」


「俺の胸ポケットに入って出るのか?」


「いいえ! 客席から見ているのです!」


「やっぱやんのは俺じゃねぇか」


 クレイさんはくくっと笑ったのです。


「じゃあ、まずは腹ごしらえだな」


 何気なく、ちゃっかり、クレイさんは私を胸ポケットに入れたのです!


「ここは定位置じゃないのですー!」


「いや、定位置定位置」


 クレイさんはケラケラと笑いながら部屋を出たのです!






 太陽市場ソーレ・メルカートまで来ると、


「号外! 号外! 本日! 昼時にて! 第二王子と騎士団副団長の試合だよー! 号外! 号外ー!」


 キャスケットを被り、肩掛け革鞄に新聞をたくさん詰めている少年が、新聞を配っていたのです。それに国民の皆さんが群がっていたのです。


汚泥狼ファンゴウルフと副団長が!?」


「そんなんやる前から決まってんじゃねーか」


汚泥狼ファンゴウルフが負けるに十万賭けれるわー」


「むっ。クレイさんは賭けものじゃ——」


 クレイさんに人差し指で口を塞がれたのです!


「しーっ! 大声出すなって。騒ぎになんだろ」


「んん! んんんー!」


「腹ごしらえは無理そうだな、また、あそこに行くか」


「んんー!」


 どこへ行くのですー!?






 胸ポケットに揺られ、やってきたのは、クレイさんのお気に入りの場所。お城の裏手にある丘。


「ぷはぁ!」


 やっと指を離してくれたのです!


「あの部屋からだとな、ここがよく見えんだよ」


 クレイさんは振り返り、自分の部屋がある塔を見上げたのです。


「だから、何気に気に入ってんだ」


「でも……、狭いお部屋なのです」


「どこに何があるかすぐわかっていいだろ」


「私は、嫌なのです……。だから! ウルスさんをこてんぱんのけちょんけちょんにしてやるのです!」


 胸ポケットの中でシャドーボクシングをしたのです!


「そこまで派手にやったら、王に叱られんだろ」


 “王”、その言い方は寂しいのです。だって、父親なのです、血は繋がっていなくても、父親なのです……。そんな、他人行儀な呼び方は……。


「ダメなのですー!」


「はいはい、わかったわかった」


 クレイさんは人差し指で私の旋毛つむじを押し、胸ポケットの中に沈めたのです!


「やめるのです! 禿げるのです!」


「ああ、あれデタラメらしいぜ。禿げねぇってよ」


「だからって、ツンツンぐりぐりやめるのですー!」






 こうして、胸ポケットの中でツンツンぐりぐりされながら、お城の隣にある騎士団の宿舎にやってきたのです。


 宿舎といっても見た目はどう見ても高級な官邸なのです。

 白で統一され、入り口は二本の柱で挟まれているのです。

 入り口の上には、半裸で草の冠を被り杯を持ち目を閉じている女神像を模した浮き彫りレリーフ。それを挟むように甲冑の鎧の浮き彫りレリーフが剣を斜めに交えているのです。


 女神様が持っている黄金の杯には、涙が入っているとされているらしいのです。戦争を痛み悲しみ泣いた、女神様の涙が。だから、これ以上、涙を流させないように、人々を守る。

 そんな、騎士団設立の由来らしいのです。


 さらにその上には大きな黒い窓があり、剣や盾の浮き彫りレリーフが囲んでいて、一番上にはメネストル共和王国の紋章が。屋根の上では国旗が風で揺れているのです。


 結婚していない人はここで暮らしているらしいのです。食堂があり、寮母さんみたいな人が格安で日替わりメニューを出してくれるそうなのです。


 と、歩きながらクレイさんが教えてくれたのです。


「一度、食ってみてぇんだよな。鳥の丸ごとトマトポモドーロ煮。でも、第二の俺には出しちゃダメらしいからよ」


 と、残念がっていたのです。


 またしても、騎士団宿舎でも、“なんなんだ”が発生したのです! 由々しき事態なのです! やっぱりウルスさんをぎゃふんと言わせるしかないのです!


 宿舎の中に入り、剣や盾が置かれている場所を抜け、奥にあったのが、訓練場なのです。


 ここでは、定期的に模擬戦が行われ、騎士さんや国民の士気を高めているそうなのです。


「第二王子だ!」


汚泥狼ファンゴウルフだ!」


「わざわざやられに来たのか!」


「物好きだなー」


 闘技場みたいに、楕円形な訓練場の客席は、国民の皆さんでいっぱいだったのです!


 でも、わさわざ? やられに来た?


 ……ボシュン。


「マル、耳と尻尾が出たろ」


「クレイさん、見てないのに何故わかるのです」


「だから、音だ音」


「だって、わざわざ、やられに来たって……」


「言わせとけばいいんだよ。後でそう言ったことを後悔するってな。、俺が勝つのを見に来てくれてどーも、ってな」


「みゅ?」


 見上げると、クレイさんは自信たっぷりに笑い、客席を見ていたのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る