第20話 私のピンチなのです!

「しまった、なのです……」


 勢いよく走ってきたのはいいのですが、クレイさんの弟さんの容姿も、お部屋も聞いておくのを忘れたのです……。


「むー……。モー子を飛ばして聞いてみるです?」


 通路の端っこで悩んでいると、


「あ!」


「みゅ?」


 いきなり大きな影ができたのです。見上げると、


「誰だぁー? ボクの立体人形フィギュアを勝手に持ち出したのはー!」


「——……」


 私と同じくらいの年齢の、ふわふわした薄茶色の髪に、緑色の瞳な人間族ヒュームのおデブさんが見下ろしていたのです。は、迫力があるのですー……。


「んー? これはボクのじゃないなー」


「みゃ!」


 両手で持ち上げらたのです! 汗でベタベタ! おまけに脂っぽい! さらにはお菓子の破片もついているのですー! 汚いのですー!


「わかったぞー! パパからのプレゼントだなー! もー、パパはおっちょこちょいだなー、プレゼントを落とすなんてー」


 ぜーんぶ! 違うのですー!


「じゃーあー、ボクのものなんだからー、パパにお礼は後で言うとしてー、このまま部屋に連れていこー! むへへー、これでまたコレクションが増えたぞー」


 このままではおデブさんコレクションにされてしまうのです!


「おデ……、クレイさんの弟さん! 私は小人族ホビトンなのです! ぬいぐるみアニマーレでも立体人形フィギュアでもないのですー!」


「今の立体人形フィギュアは喋れるのかー。最新技術はすごいなー」


「——……」


 どの人もこの人もー! 私は小人族ホビトンなのですー!







 弟さんの部屋に来ると、


「——ワーオ、なのです……」


 圧巻、だったのです。


 壁際の棚に、一面の美少女立体人形フィギュア! しかもエッチなものばかり! 水着姿や下着姿! は、は、裸のものまであるのです!


「むふふー、すごいでしょー? ボクのお嫁さんたちー」


 意味がわからないのです……。何で、この立体人形フィギュアがお嫁さんなのか、そして、何でみんな服を着ていないのか……。


「キミも服は邪魔だねー、脱ごうかー」


「みゅ?」


 見上げると、クレイさんの弟さんは、厭らしい顔をし、涎を垂らしながら、私のスカートを捲ろうとしてきたのです!


 ピンチなのです! 今度は私のピンチなのです!


 クレイさんにすら下着姿を見られていないのに! 先に弟さんに見られるのですー!


「モー子!」


 叫ぶと光る球体が現れ、


「モー!」


 その中から私の分身“モー子”が、飛び出たのです!


「クレイさんに知らせるのですー!」


「モー!」


 モー子は宙を走っていったのです! 急ぐのですー!




 ⌘⌘⌘




「あー……、気になって、何も手につかねー」


『モー!』


「うおっ! って、あの時の子牛か」


『モー! モモー!』


「——まさか、マルが!?」


『モモッ!』


「やっぱりな!」




 ⌘⌘⌘




「みゅー……」


 クレイさん、早くーなのですー。そろそろスカートを押さえて防いでいるのも限界なのですー……。


「ブルット! 入るぞ!」


 クレイさんの声なのです!


 弟さんの部屋のドアを血相を変えたクレイさんが開け、中に入ってきたのです。


「なっ、ボ、ボクの部屋は入室禁止だって……」


「クレイさーん……」


 クレイさんは、私と弟さんを見ると、目をかっと開き、


「そいつを返せ!」


 弟さんの手から、助けてくれたのです! ギリギリセーフ! なのですー……。


「ボ、ボクの立体人形フィギュアー!」


「こいつは立体人形フィギュアでもぬいぐるみアニマーレでもねぇ! 俺の嫁だ!」


「嫁?」


「そうだ!」


「あー、そういえばパパが等価交換で小人族ホビトンから嫁がせたと言っていたなー。でもー、ということはー。パパの指示でやってきたんだからー、つまりー、その子はボクのものでもあ——」


 ニヤニヤ笑って紅潮していた弟さんの顔が、一気に青ざめたのです。冷や汗もダラダラなのです。


「誰のもんだって?」


 見上げると、いつか聞いた、ドスの効いたクレイさんの声が降ってきたのです。


「なっ、ボッ、だっ、そっ」


 弟さんは、恐怖で声にならないようなのです。


「じゃあな」


 クレイさんは優しく私を包み直し、弟さんの部屋から出ようとしたのです。


「パッ、パパパパパパに! 言いつけてやるー!」


「好きにしろ」


 クレイさんは、ガチャリとドアを閉めたのです。

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