第7話 なでなで、なのです。

 しばらく胸ポケットの中で揺られ、太陽市場ソーレ・メルカートから離れたのです。


「悪かったな、嫌な気分にさせ——」


 ボシュン。


「——……」


「ふ、ははっ! お前また耳と尻尾が出たろっ」


「なっ、何でわかったのです!?」


「音がすんだよ、隠す時も出る時も」


「むー、音が出ないようにしたいのですー。そんなことより! 私の方こそ悪かったな、なのです!」


「何が」


「これでまたっ、みんなのクレイさんの待遇が悪くなるのです!」


「それでいいつってんだろ?」


「よくないのです……、クレイさんは、私の旦那様は、優しくてあったかくて、ちょっと意地悪な人なんです……」


「最後の意地悪は何だ」


「私のほっぺたむにむにするとこです……」


「面白いから仕方ねぇだろ。つーか」


 後ろ襟を掴まれ持ち上げられると、両手に包まれたのです。


「いつもの勢いどうした。耳と尻尾も下がってんぞ」


「だって、私のせいなのです……。私の——みゃっ!」


 大きな親指で涙を拭われたのです。


「ははっ、お前小せぇから拭きやすいな」


「——……」


 こんなに、少年みたいに可愛い笑顔の人が、心をじんわりあたたかくしてくれる人が、泥狼なわけないのです……。


 目だってよく見ると優しいのです……。


 目……、そうだ!


「クレイさん!」


「何だよ」


「その左目の傷はどうしたのです?」


 最初に会った時から、気になっていたのです。左目の真ん中にある、縦に斬られた十センチくらいの大きな傷痕。


「これか? 王族の装飾品などを狙った賊にやられたやつだ」


「王国には騎士団がいるはずなのです」


「騎士団っつーのはな、主に王族を守るもんだ。現王の血が通っていない俺は、正当な王位継承者じゃない。だから、護衛対象外なんだよ」


「また何なんだ、なのです……。クレイさん、少し顔を近づけてほしいのです……」


「ん? ああ」


 手の届く位置までクレイさんが顔を近づけてくれたのです。


「なでなで、なのです」


 傷痕を両手で撫でてあげたのです。


「ははっ、くすぐってぇけど、あったけぇな。ありがとよ」


「左目、視力は大丈夫だったのです?」


「いや、失明まではいかねぇが、ほとんど見えねぇ」


「——生活、大変じゃないのです?」


「慣れだ慣れ」


「——……」


 みんなの態度といい、片目がほとんど見えない生活といい、慣れで済む話ではないのです……。きっと、ううん、絶対に私なんかじゃ計り知れない苦労があったのです……。


「ははっ」


「尻尾ぶらぶらやめるのです……」


「だってよ、元から下がってんのに、更に下がってるからさ」


「むー……」


「ははっ、っとそうだ。あの口髭のせいで飯を買ってくんの忘れたな。なんか買ってくるから、ちょっと待ってろ」


 クレイさんは私を下ろしたのです。


「いいか? じっとしてろよ? お前小せぇんだから、どっか行ったら探すの大変だから」


「わかっているのです。あと、私はマルというのです」


「そうか、マル。ここにいろよな、すぐ戻ってくるから!」


 クレイさんは颯爽と太陽市場ソーレ・メルカートへ戻っていったのです。

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