ゑ
虻が沈黙したので、私はしろくんと会話します。
「それで、くまくんをこのままこっちにいさせる方法はないんですか?」
「気にいっている割に扱いがひどいですね」
しろくんが地面に突っ伏すくまくんを一瞥します。叩き潰された虻などに興味のない私は、しろくんに先を促します。
「それで、他に方法は?」
「ありません。こいつは返してもらわないと。こいつがまた召喚されるようなことがあったとき、困りますから」
それはまあ、確かに。悪魔には悪魔の事情があるのでしょう。私に私の事情があるように。
うーん、と悩む私に、しろくんは妖しげな笑みを浮かべます。赤い瞳がきらりと光ります。無駄に堕天使感が出ています。
「どうしても、というのなら」
「ら?」
「こいつに不思議の国に連れていってもらえば、一緒にいられますよ」
ふむ。そういえばくまくんはそういう怪談でしたね。
けれど、私はそういうファンタジックなことを望んでいるわけではありません。せっかく、眞子さんと美嘉さんというお友達を獲得したのに、お別れなんて。
「そもそも、貴女がこいつを召喚しなければ、今こんな面倒なことにはなっていないのです」
ぐうの音も出ないとはこのことです。勘違い少女はあのときやめておくべきだったのです。
でも……
「くまくんといるの、楽しいのになあ……」
「不思議の国も楽しいですよ」
行ったことがあるんでしょうか。
「なんですか、しろくんもこのおさげ金髪に染めるのお望みで?」
「何故西洋風なんですか」
そもそも悪魔と天使は西洋文化なのですから、洋風イメージになるのは仕方ないじゃありませんか。
まあ、「あくまのぬいぐるみ」も「エンジェルさん」も純正日本の文化ですが。
「返還命令か、不思議の国か。貴女には選択肢がまだあります。賢明なご判断を」
う……
不思議の国に興味がないことはないですが……
「返還命令、出せよ」
不意に、そんなことを言う人物が現れました。何を隠そう、くまくんです。復活したみたいです。
「なんでですか? 私に殴り倒されたからですか?」
「あ、一応悪いことって自覚はあるのな」
全く、このショータくん悪魔は、こっちがそこそこ深刻に考えているというのに緊張のないことを言います。
くまくんはこめかみの辺りをぽりぽりと掻いて言いました。
「返還命令出せよ。お前にはこっちで楽しい楽しいJKライフってのがあんだろ? だったら俺は帰るさ」
「そんな……」
落胆する私を尻目に、しろくんは満足げに笑います。ショータくんじゃなかったらひっぱたきたくなりますね。
私の思考を読み取ってか、くすりとくまくんは笑うと、私に向かって歩み寄りました。
「お前のJKライフってのを脅かすやつがいなくなるんだ。ちょっとは喜べよ」
「でも、くまくん……!」
私が色々言おうとしたそのとき、くまくんの小さな人差し指が私の唇に当たります。それ以上、何も言うなというように。
くまくんにも、私と離れることの未練はあるのでしょうか? ……あったらいいな、とは思います。
「お前には友達もいるだろう? せっかく仲良くなったんだ。大切にしろよ。不思議の国になんか行ってる場合じゃない」
「でも……」
私が言い募ろうとすると、くまくんは浮き上がり、ぽん、と私の頭を撫でました。おさげを手に取り、そっと微笑みます。
「俺はお前の髪、このままの方が好きだ」
「へっ」
不意討ちの言葉。やけにくまくんがかっこよく見えて、頬に熱が集まるのを感じます。
ずるいです。ショータくんとはいえ、整った容姿の男の子の姿で「好きだ」とか。……ちょっとときめいてしまったじゃないですか。
って、何考えているんでしょう私。相手は悪魔ですよ。しかもショータくん。私は決してショータくんコンプレックスなんかじゃありません。
しろくんが何か微笑ましものを見るような目で見てきたので、更に恥ずかしくなります。
そんな私を尻目に、くまくんがほら、と促してきました。
……どうしても、ここでお別れですか。
侘しく思っていると、くまくんがあることを耳打ちしてきて──
「悪魔の世界に帰ってください。これは返還命令です」
「あいよ」
ちょっと無愛想に返還命令に応じたくまくんでしたが、去り際、にやりと口角を上げていました。私も釣られて笑い、薄れ行くくまくんの姿に手を振りました。
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