ああ……オワタ……

 貴船さんが予想外にノリノリになってくれたから忘れていたけれど、これ、この状況で、冴木さんに話さないわけにいきませんよね……

 ですが、私が口を開こうとするのをくまくんが阻止しました。私の前に出たくまくん、何をするつもりなのでしょう。

「学校に勝手に入ってごめんなさい。お姉ちゃんがここにいるって聞いたから……」

 んん? 現役のショータくんばりに瞳をうるうるさせるくまくん。いつの間にか角や蝙蝠羽が消えていて、通りすがりの女子が数人卒倒しています。この悪魔め。……悪魔だった。

 冴木さんが首を傾げ、くまくんに目線を合わせるようにしゃがみます。素敵なお姉さん。憧れちゃいます。……女性的な部分じゃないですよ? 何故か貴船さんが閑古鳥が鳴きそうな自分の絶壁を見下ろしていますが、そういう話は置いておきましょう。今は正真正銘のショータくんと化したくまくんです。

 くまくんはうるうるおめめのまま続けます。

「ぼ、ぼくは、お姉ちゃんに会いに来たんですぅ」

「お姉ちゃんって、だぁれ?」

 んん? 無言で制服の裾を引っ張られた!? 私? 私ですか?

「くまちゃん、弟いたっけ?」

「あの、ええと」

「いとこ、っておかあさんが言ってました」

「従弟……似てないね」

「従弟なら似てなくても仕方ないじゃない」

 貴船さん、ナイスフォローです! っていうかくまくん、咄嗟のアドリブが上手すぎ……鳥肌立ちました。

「そう、そうなの! 今うちに預けられててね……なんかなついちゃって」

「可愛いねー。苗字が同じ日隈だからくまくん?」

 こくりと頷くくまくん。あ、通りすがりの女子が一人鼻血出しました。

「お名前は?」

「日隈吉長きら……なんかね、漢字と読み方が変だからって、みんなにからかわれるの」

 咄嗟によく思いついたものです。漢字が私の脳内に流れてきたのは契約の都合でしょうか。

 どっかのロボットアニメの主人公だった気もしますが……スルーしときましょう。

「学校では、"くまきち"って呼ばれて……ふぇ」

 嘘泣き上手すぎでしょ!? 悪魔怖い。これが魔性?

 脳内に響く「早くフォローしろやコラ」の声に私ははっとし、付け加えます。

「私と同じできらきらネームつけられちゃったから、あんまり名前で呼ばないでほしいな」

「となるとやはりくまくんか……」

 よしよし、とくまくんの頭を撫でる冴木さんから母性のオーラが見えるようです……

「どうせ私には母性ないもん……」

「貴船さん何いじけてるんですか」

「胸もないもん」

「純真無垢な子どもの前でなんてこと言うんですか」

 悪魔だけどね。

「いい従弟くんを持ったね、くまちゃん」

「あ、はい、まあ」

 「誤魔化し下手!」と脳内にくまくんの声が流れてきます。このテレパシーみたいなのって、一方通行じゃないんですね。

 私を脳内で詰る傍ら、私にすり寄る演技までする辺りあざといと言いますか。さすが悪魔。あれ? 通りすがりの女子の視線が痛いぞ?

「でも、お姉ちゃん困らせるみたいなので、先に帰りますね……」

「くまちゃん、先帰っていいよ! くまくん心配だし」

 わあ、完全に感情移入してますよ。さすが悪魔。情をもらうのが上手いですね。

『そんな評価してねぇでさっさと帰るぞ!』

 はっ、そうでした。これは冴木さんにくまくんの正体をばらさないための演技。くまくんが作ってくれたこの自然な空気でくまくんをフェードアウトさせるのが吉でしょう。

 私は鞄を持って、くまくんと手を繋ぎ、倒れた女子の屍を越えて帰路に着きました。

 はあ、なんとかなった……貴船さんも空気読んでくれましたし。

「くまくん、助かりました。……くまくん?」

 傍らに目をやるとそこにいたはずのくまくんの姿が見当たりません。握っていた手も、最初からなかったかのように消えています。

「え……くまくん……?」

 くまくんが、消えた……?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る