よ
「"あくまのぬいぐるみ"という話なんだけどね」
貴船さんが語り始めます。
「この手芸調理部には"調理室で作ったくまのぬいぐるみは、悪魔の魂を宿す"と伝わっているの」
「悪魔?」
「そう、悪魔。多分、"くま"と"あくま"の音が通じる部分があるから宿るんじゃないかって説もある」
淡々とした貴船さんの語り口と貴船さんの現実離れした容姿も相まって、だんだん怖くなってきました。ぞわぞわと胸の辺りがざわめきます。ただ、寄ってきている気配は不思議とありません。
私はその安心感からか、話に聞き入りました。
「美嘉、"も"って?」
冴木さんの質問に待ってましたとばかりに貴船さんの瞳が妖しい輝きを放ちます。
「そう、それよ、眞子──くまのぬいぐるみに悪魔が宿るとされる理由はもう一説あるの。それは、この手芸調理部で起こったある悲劇が原因だった……」
気づけば、日が大分傾いていて赤みの強い橙色の光が、貴船さんの横顔を照らします。
逢魔ヶ刻、黄昏。少し不気味な言葉が頭を過りましたが、私も冴木さんも日暮れに象られた貴船さんの流麗な面差しから目を離せずにいました。
「この部活には裁縫がとても上手い子と料理がとても上手い子がいたんだって。その二人は自他共に認める大親友だった。けれど」 ごくり、私か冴木さんの生唾を飲み込む音が聞こえました。
「二人は、同じ人を好きになってしまった。そこから、二人の関係は少しずつ、崩れていったの。
料理好きな子がね、裁縫好きな子とその人が両想いだと知ったから」
パントマイムで貴船さんは左手で何かを押さえ、右手で何かを握るような仕草をした。
「裁縫好きな子が彼へのプレゼントに作っていたくまのぬいぐるみがあったの」
とんとん、と貴船さんは左手で中空を叩く。くまのぬいぐるみを押さえているのだ。
ではもう片方の手は──?
「それを見つけた料理好きな親友はね、くまのぬいぐるみを右手に持った裁ち鋏で」
ざすっ
貴船さんが思い切り右手を振り下ろしました。きゃ、と私と冴木さんは声を揃えて小さな悲鳴を上げます。
「こうして、くまのぬいぐるみを壊してしまったの」
女の子の嫉妬って怖いなぁ、とぼんやり思いました。
「くまちゃん、話はまだ終わってないよ?」
「え、嘘でしょう」
「私まだオチ言ってない」
「はあ」
まあ、本来ならうようよ湧いてきてもおかしくない時間帯にこんな話をしていて、さっきの浮遊霊どころか何の気配もしなくなっているから、そんな怖いオチじゃないのかもしれません。
私は貴船さんの話に耳を傾けました。
「実はその日、二人が好きだった男の子が交通事故で死んじゃって。しかも何の偶然か頭がぱっくりいっちゃってたらしい……」
「ひぇっ!!」
私は思わず悲鳴を上げました。まだ話は続くようです。
「しかも親友さんは裁縫好きさんに見つかってしまって。裁縫好きさんはずたずたにされたくまのぬいぐるみを持って帰って、親友に復讐しようとずーっとぬいぐるみを見ていたそうで。そんなとき、彼女の後ろから、とんとん」
とんとん
肩を叩かれた感覚に私はばっと後ろを振り向きました。──何もいません。
「どしたの?」
冴木さんが怪訝そうに私を見ました。私はなんでもないよ、と答えました。
続けるよ、と貴船さんが再び語り始めます。
「とんとん、と彼女の肩を叩く者がありました。振り向くとそこには誰もいません。けれど、悪魔と名乗る声が代わりに復讐してあげよう、と囁き」
「その子は悪魔と契約しちゃうんだ!」
「うん。その悪魔がくまのぬいぐるみを介して現れたとか、くまのぬいぐるみに取り憑いて復讐したとか色んな話があるよ」
「それで"あくまのぬいぐるみ"ね」
ちょっと途中が怖かっただけに、意外と普通の終わり方で私は拍子抜けしました。
けれど、拍子抜けなんてしている場合じゃありませんでした。
次いで、貴船さんがこんなことを言い出したのです。
「という噂を元にして、ちょっと悪魔、呼んでみない?」
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