「えー、すごいじゃん、くまちゃん。衣装のデザインなんて大任」

「総意で決まったとか。さすが」

「何がさすがなのか正直わかりません」

 放課後、冴木さんと貴船さんと廊下を歩きながら話していました。

 決してあれは総意ではありません。

 しかも私がデザインしなければならないのは……

「いや、最終的に副部長の甘言に踊らされてただろ」

 今日も生意気なショータくん悪魔です。

「……デザインやるのは別にいいですけど……」

 何せモデルは常に傍にいる追加飛行武装です。

「何が不満なの? くまちゃん」

「いえ……ちょっと先輩が哀れになって」

「趣深いの?」

「あはれなりじゃないです」

「キレイキレイ」

「きれっきれの間違いですよね? 一気に二人でボケないでくれますか」

 ツッコミ不足甚だしいですよ。困ったものです。

「で、先輩が哀れって?」

「あー、ええと」

 昨日、演劇部で起こった悲劇を語ることになりました。


 昨日。諦めた私は仕方なくデザインを担当することになったのですが、ふと気づきました。

「デザインするのはいいんですが、布地は役をやる人に合わせて作らないといけませんよね。配役が決まったら、教えてください」

 そう私が言うと、赤根先輩がふっと不敵に笑いました。

 何故笑われたんでしょう、と私はあたふたしたものですが、落ち着き払った呉服副部長が教えてくれました。

「少なくとも、この中に出てくる男の子を誰がやるかは決まっていますからね」

「そうなんですか」

「ずばり」

 やけに得意げに赤根先輩は宣言しました。

「伸也だ!」

「へっ?」

 我ながら間抜けな声が出ました。そんな脇で「やっぱりかよ、チクショウ!」と毒づく伸也先輩の声が聞こえます。

 振り向いて、伸也先輩の顔をじぃっと見ます。見事なまでの童顔。ただ、手足は長いようなので、それなりに背丈はあるようにも見えますが……童顔。

「お前、失礼なこと考えてるだろ」

「いえ、童顔としか思ってません」

「充分失礼だよ!」

 怒られました。

 まあ、血も涙もない言い方をすると、私は配役が決まっているなら、衣装の作成に早く取りかかれるので、これ以上のことはないです。

「でも、顔だけショタっていうのもどうなんでしょう?」

「さらっと失礼だな」

「少女の方は背の高いやつがやればいい。こう見えて私は伸也より背が高い」

「五センチで威張るな」

 ふむふむ。

「って、赤根部長がやるんすか!?」

 諫早くんから驚愕の声。

 よく考えてみると演劇部員には驚きなことなのでしょう。今まで台本書きしかやって来なかった人物が舞台に上がるというのですから。

 そこで伸也先輩がここぞとばかりににやにやします。これは明らかに何かよからぬことを考えていますね。

 すると、伸也先輩が「雪子さーん」と粘着質な声で呼び掛けます。

「大根なのは治ったんですかぁ?」

 明らかに悪意のある問い。まあ、台本と主役の苦行を押し付けられたことを踏まえれば、これは仕返しのほんの一端にしかなっていないのでしょう。

 演劇で大根というと、いいイメージはありませんね。大根役者という言葉があります。

 しかし、本来、大根役者というのは演技下手という意味ではなく、大根のように味の入った役者という意味なのだそうです。覚えておきましょう。今はもう廃れた意味ですがね。

 もちろん、伸也先輩の言った意味は前者の方でしょう。……演劇部なのに大根役者が部長とは如何に。

「大丈夫だ、問題ない」

 きらん、と擬音がつきそうなほどの赤根先輩のどや顔に、伸也先輩は虚を衝かれたようで、「そうっすか」とだけ返していました。意趣返し失敗のようです。

 そんな二人を眺めていた私に、呉服副部長がそっと耳打ちをしてきました。

「赤根先輩は伸也のことが好きなのですよ。だから伸也が主役を張るとき、ヒロインに抜擢されようと頑張って、ヒロインに抜擢された結果、至近距離の伸也の顔に耐えられずぎくしゃくするんです」

 大根役者深し。まさかの青春が潜んでいるとは。

 これはJKライフを満喫したい身としては、腕の見せどころですね!


「ということがあったわけです」

「わあ、恋する乙女かぁ。憧れちゃう」

 そう口にする冴木さん。彼女のプロポーションなら、男子の一人や二人、楽勝で悩殺できそうなものですが。貴船さんも、大和撫子ですし、いい線行くと思います。

 ……あれ? 私だけ平凡なパターンですか? 泣いていい?

 そんな私にくまくんが告げます。

「泣け。現実は変わらんがな」

 ナンテザンコクナアクマナンダ。


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