衣装班の指揮はさすがに副部長に任せました。それでも、副部長は「どんな質感の布がいいか」「どれくらい必要か」と細かく聞いてくるので、緊張しいしい答えています。間接的とはいえ、私が指揮しているみたいでなんだか畏れ多いです。

 冴木さんなんかは「それもくまちゃんの実力だよ」と励ましてくれますが……プレッシャーだよ……

 演劇部の方々の寸法を測り、伸也先輩から物語の世界観を聞いて、イメージ画を見せてもらって、衣装の作り方を考えます。

「お前、画伯って言ってなかった?」

「こういう寸法書くのなら得意です」

「絵と何が違うのやら……」

 定規とか使って書くから、失敗が少ないんです。

 せっせせっせとチャコペンを布地に走らせます。

「わあ、日隈さん上手い」

「しかも速い」

「そこ、手を止めない」

 呉服副部長から厳しいツッコミが入ります。

 私が一番下っ端なので、働け働けです。

 まあ、こうして手早く作業できるのも、伸也先輩のイメージ画のおかげなんですが。あの人シナリオ書きも上手くて絵も上手いってどういうことですか。天は二物を与えないのでは。

「たまに取り違えるんじゃね?」

 さすが悪魔。天に対して手厳しいです。

 おまけに童顔だけど、イケメンですしね。

 わちゃわちゃと作業する私たちの傍らで、台本の読み合わせをしているのが聞こえます。

「こら、雪子さん。もうちょっとましな読み方あるでしょう?」

「いや、あ……」

 赤根先輩は聞きしに勝る大根っぷりを発揮していました。歴史の授業で当てられたときの教科書の朗読みたいです。とても演劇部とは思えません。

「いや、歴史の教科書、抑揚つけて読まれても困るだろ」

 問題なのは歴史の教科書じゃなくて、読んでいるのが劇の台本だということです。自分で名乗り出ておいてからここまで大根では……と、ちら、と演劇部の皆さんの方を見ます。

 伸也先輩は幼なじみであろうが指導に手を抜く気はないらしく、手厳しく指導する声が聞こえます。かと思えば、台本読みに入ると、すごい爽やかな役を演じきっています。これぞ演劇部って感じですね。

「爽やか系ショタだっけ」

「ですです」

「俺はあんなに爽やかに笑わないぞ」

 悪魔ですもんね。

「いや、なんでも悪魔だからで済ますなや」

「あなや」

「突然ネタを引っ張り出すな」

 脇でぱたぱたいってますが、スルーで。

「日隈さん、独り言多いね」

 ほらぁ、くまくんのせいでこんなこと言われちゃったじゃないですか。

「少なくとも半分はお前のせいだろ」

「すみません、癖で」

「手が動いてるんだから問題ないでしょう。それより、印からずれてますよ」

「わああああっ」

 わあ、呉服副部長はどこまでも真面目……

 やり直し、と言われた先輩は、渋々アイロンをかけ直していました。布が焦げなくてよかったです。材料がなくなるのが一番厄介ですからね。

 呉服副部長のおかげで話題が逸れましたし。

「……ん」

「どうした? 渋い顔して」

「そういえば、伸也先輩以外にも悲劇に見舞われた人がいたな……」

 今から書き出そうとしているのは、諫早くんが着るワンピースです。

 よくわからなかった人にもう一度言いましょう。諫早くんが着るワンピースです。

「ああ、あいつな」

 くまくんが諫早くんの方を見ます。私もちら、と見ると、諫早くんは顔を真っ赤にしながら台本を手にしていました。

 彼が恥じらうのも無理はないでしょう。何せ、彼が演じるのはヒロインの友人の。それは伸也先輩によって決められた配役でした。

 諫早くんはさすがに女役はどうか、と思ったのでしょう。伸也先輩に反対しましたが、伸也先輩の「茶化した罰だと思え」でばっさり。人をあまり弄ぶものではありませんね。悲しくも、いい教訓になりました。

 ちなみに、「はい」と答えざるを得なかった諫早くんを見ていたときの伸也先輩の満面の笑顔は、どこかの悪魔のようにイイ笑顔でした。

「どこかの悪魔って、俺か?」

 それ以外に誰がいると?


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