ちくちくちく。

 ぱちん、さっ。

 ちくちくちく。

 ぱちん、さっ。

 ────

「あの、さ」

「「どうしたの?」」

 冴木さんも貴船さんも声を発した私をさも不思議そうに見つめてくる。

「あの、なんで、私がくまのぬいぐるみを縫っているんでしょうか?」

「「悪魔召喚のため」」

「いや、そうではなく」

 二人の息が合いすぎていて、ちょっとびっくりしました。

「だって、もうあたしたちのできたよ?」

「見るに耐えない惨状だけど」

「……」

 二人が暗に示した先には二つの──歪な物体。

 くまのぬいぐるみ、なはずの物体。正直、コメントしづらいです。

 布地がほぼまっ平らな冴木さん作のぬいぐるみ。というか平らなぬいぐるみは果たしてぬいぐるみと呼んでいいのでしょうか? いえ、ここは冴木さんの名誉のためにぬいぐるみとお呼びしましょう。

 そんな彼女のぬいぐるみは生地が立体的にとられていないせいで、詰め込んだらしい綿が縫い目を割ってはみ出ています。いや、もう破裂と言ってもいいかもしれません。縫い目の影響もあるでしょう。

 彼女はどうも波縫いで全てやったらしく、縫い目の大きさもばらばらです。鋏を刺す前から頭をかち割られたようなくまさんがなんだかとても憐れです。

 その隣に並び立つのは貴船さん作のぬいぐるみ。こちらは、なんでしょう。アレンジがききすぎている? ──具体的に言うと、くまにあるべからぬ毛が頭から生えております。そう、どう見ても髪の毛に見立てたとしか思えない黒いものです。

 もの、と表現したのは、最初、毛糸をとかしたにしてはきめが細かいな、もしかして、普通の綿糸を使ったのかな、と思い、触ってみたんです。するとどうでしょう。とても手に馴染みのある、けれどぬいぐるみとセットというには違和感を禁じ得ない感覚が私を襲いました。

 なんだか不安になって貴船さんを見ると、彼女は言いました。

「それ、私の髪の毛」

 とてもイイ笑顔でした。

 ……やめてぇぇっ!! 冗談でもやめたげてぇぇっ!! くまさん可哀想だから!! そして普通に怖いから!!

「だって、なんか効きそうじゃない?」

 と、貴船さんの言。

 何にっ? 悪魔召喚にっ!?

 呪いとかじゃないよね、本当に、ねぇ!?

 私がそう何度も確認したくなるくらい不気味な仕上がりでした。

 やたら長い艶やかな黒髪の合間から覗く不自然すぎる栗色の耳は、(百万歩譲って)まだ愛嬌と言えますが、髪はだらだらと顔にかかり、その隙間から垣間見える瞳は両目ともに赤、しかも片目だけ血涙流している仕様。その上胸には五寸釘を模した同素材の物体が刺さって見えるように取り付けてあります。

 その技術力をなんで"普通"のぬいぐるみ作りに費やせなかったんですか。

 ツッコミどころが満載すぎて、私は見るのをやめました。心の平穏のため、一心不乱にぬいぐるみを作りました。現実逃避とも言います。


「どうしてこうなった?」


 今にして思えば、悪魔召喚の一連の流れにおいて、どのタイミングに差し込んでもこれほど違和感のない言葉はなかったでしょう。

 その台詞を私が実際に口にするのはもう少し後のお話です。

 かくして、唯一私のまともなぬいぐるみができあがると同時、悪魔召喚実証実験が始まりました。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る