瞬く間に文化祭はやってきます。

 手芸調理部の方はどうなっていたかというと。

「順調だよ。クッキーも焼くことになった」

 何故お化け屋敷でクッキーを焼くことになったかというと、どうやら貴船さんの提案らしいです。

 手芸調理部のお化け屋敷は三百円とお高めですが、その分、お化け屋敷攻略後に"魔除けのクッキー"を配るのだそうです。

 貴船さん、さすがの策士ぶりです。

「眞子が変な失敗しなければもっと順調だった」

「ちょ、それは言わない約束でしょ」

「え? どんな失敗ですか?」

「それがね」

「スルー!?」

 どうやら冴木さんはくまのぬいぐるみを作っている最中に、ぬいぐるみを自分のスカートに縫い付けてしまったらしく、パニックになったそうです。動転してはちゃめちゃやらかす冴木さんを部員全員で宥めて、スカートからぬいぐるみを引き剥がしたというエピソードです。

 冴木さんのどじっ子属性が存分に発揮されていますね。

 美少女でどじっ子属性とか、ここにも天に二物を与えられた人物が。

「いや、どじっ子属性は二物に入るの?」

「眞子にしてはまともなことを言う」

「ひどいっ」

「でも確か、料理は得意なんですよね」

「くまちゃん大好き」

「ちょ、抱きついてこないでください」

 豊満なものが当たってヤバいです。主に精神が。わ、私は普通だもん!

「何競り合ってんだ」

 ショタには説明しちゃいけない女の子の事情です。

「ショタじゃなくて悪魔だっつってんだろ」

 私たちが絶賛発育中なのをよそに、くまくんの姿形には変化がありません。私の前に現れたときから寸分違いもない立派な生意気ショータくんな容姿です。

「お前も全然発育してないだろう」

 顕現したりましょか?

「やめてください、切実に」

 こほん。私といる間に貴船さんのオカルターとしての闇の深さを知ったくまくんが顔を青くします。貴船さんの前に七不思議の悪魔なんか差し出したら、体の隅から隅まで見られそうですもんね。

「意味深にしなくていいから」

 それに貴船さんはしょたこ

「ごほぅっ」

「あ、ごめん、蝿がいた」

「それってぐーで殴る事案ですかっ?」

 鳩尾一発。

「CMみたいに言うなや」

 今日もくまくんのツッコミが冴えています。

「褒めても何も出ねぇぞ」

 とか言いつつ照れてそっぽ向いてますね。このツンデレさんめ。

 くまくんの顔を見ていると、ショタ顔先輩こと竹崎伸也先輩のことを思い出します。

 赤根先輩がコクったのかは謎ですが、あの後から赤根先輩は何か吹っ切れたようで、伸也先輩が目を見張るほどの演技力を見せつけました。グッジョブ。ただし、リア充は弾ぜろ。

 そんなわけで文化祭当日になりますと、なな、なんと、私がお化け役に参加することになりました。

「突然振って悪いね」

「いえ、貴船さんも休み時間必要ですからね……でも、貴船さんほど迫力のあるお化けができるかどうか……」

 自信のない私に、貴船さんがにやりと笑って、おさげを指します。

「いい? お化けに大事なのは見てくれの不気味さ。くまちゃんはいつもおさげで、いい具合に癖のついた髪。前に垂らすだけで貞子になれる」

 それは喜んで……いいんでしょうか。

「演劇部での演技の腕前は聞いている。グッドラック」

 ハードル上げていきましたね、普通に。

 くそぅ、と思いながら、貴船さんのいない一時間を耐えます。

 いざというときはあくまのぬいぐるみ(本物)に出てきてもらいましょう。

「ちょ! 唐突に俺に振るな!」

 かまってもらえて嬉しいくせに。

「う、嬉しくなど……」

 そう言って俯くくまくん。耳まで赤いです。この罪なショタめ。

 と、最初のカモが来たようです。

「言い方!」

 静かにしてください。

「俺の声は聞こえないからいいだろ」

 ちょっと黙ってください。

「なんだよ……」

 地面にのの字を書き始めたくまくんをよそに、私は耳をそばたてます。聞き覚えのある声がしたのです。

「どきどきするね、伸也……」

「へぇー、凝ってんなぁ。小物とかも来年は手芸調理部に頼もうかな」

 おおっと、リア充かと思ったら、片想いリア充っぽいのでした。まあ、知り合いということで。

 ぬっ。

「ひゃっ、冷たっ」

「んー? 誰かいるのー?」

「ねぇ、私と一緒に不思議の国へ行きませんか?」

 鈍色に光る裁ち鋏(本物)を振り上げて二人にゆらりゆらりと近づいていく。

「きゃああああああああっ」

「うおー」

 ベクトルは違うようですが、二人共存分に驚いて帰ってくれました。

 「あれ、日隈さんだったの!?」と赤根先輩が口にするのはまた別のお話です。


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