「返還命令? ですか?」

 専門用語でしょうか。意味がよくわかりません。

 すると天使くんがくまくんをびしりと指差します。

「見たところ、こいつには自分の世界に帰る気がないようです。普通は契約期間が切れたら帰ってくるものなんですが、貴女の霊力が膨大であるため、こちらに留まっているのです。貴女が命令を下せば、こいつは悪魔の世界に帰らざるを得なくなります」

 つまり、帰れと命じろ、ということですか。

 一旦その話題は脇に置きます。

「くまくんは、帰りたくないのですか?」

 本人の意思確認は大事なことでしょう。くまくんの方を見ると、ふいっと目を逸らされました。反抗期か。

 くまくんはこの問いに答える気がないようです。天使くんの要望にも。

 困ったなあ、と私は頭を悩ませました。天使くんの中間管理職ぶりには同情するところですが。

「……正直、私はくまくんのいる日常が楽しいのですが」

 そう。なんだかんだ言って、エアー友達風でも、二人でわちゃわちゃ言い合うのは楽しかったのです。いつも斜め後方にくまくんがいるのが私のデフォになりつつあり、最近はそれを受け入れつつありました。

 それがなくなるというのは、物寂しいものです。

 そんな私の心情の吐露に、くまくんは目を見開きました。

「お前……」

「はあ、困りましたね」

 そんな脇では、天使くんが思い切り困っています。彼も職業柄、この案件を放っておくわけにもいかないのでしょう。中間管理職って大変だなぁ。

「すごく他人事ですね」

「だって、他人事ですし」

「いや、決めるの貴女ですからね?」

 ナンデスッテ。

 こほん、まあ、わかってますからじと目で見ないでください、天使くん。

「折衷案はないんですか?」

「決まり事ですから」

 頭の固い中間管理職だなぁ。

「天使は基本的に頭固いからな」

「なるほど」

「二人して失礼ですね」

 天使くんが頭を抱えます。

「まあまあ、純然たる白の輝きに背きし天使の同胞くん」

「いきなり中二病発揮しないでください」

「略してしろくんでいかがでしょう?」

「略しすぎでしょう」

 おお、この堕天使くんもなかなかツッコミが冴えてます。

 そんな私の思考を読み取り、ぷっと笑うくまくん。それをじと目で見るしろくん。

「……何か、途徹もなく失礼なことを考えられているような気が」

「気のせいだ」

「気のせいです」

「二人して確信犯ですねわかります」

 しろくんも弄るの面白いですね。

「だそうだ」

「勝手に人の思考を垂れ流さないでください」

「俺も概ね同意だからな」

「同志」

「変わり身早いっていうか二人してひどい」

 しろくん、くまくん、私でトリオなんてどうでしょう? ウケますかね?

「えー、こいつと組むの?」

「何話してるんですか」

 しろくんが胡乱げな目でこちらを見ます。

「あ、しろくんにはテレパシー的なあれはないんですか」

「テレパシーは召喚主との間しかないぞ」

「ふむふむ。じゃあ、しろくんに私の霊力を分けたら?」

「……使役できるんじゃないか?」

「そんな簡単なわけないでしょう。ぼくだって、人間の作った怪異で生まれたんで……あっ」

 くまくんがにやりと笑います。対照的にしろくんはしまった、という顔をします。

 なんとなく意地の悪そうなくまくんのやりたいことがわかった気がしたので、私は遠慮なく悪のりします。

「へぇ、しろくんも怪異なんだ。何の怪異ですか?」

 しろくんは知られたくないのでしょう。黙り込みます。

 ではこちら側から積極的に予想を挙げていきましょう。しろくんは元・天使。天使の怪奇譚なんてあんまりないような気がしますが……

 一つだけ、有名なのが浮かびました。

「──エンジェルさん」

 見逃しませんでしたよ。今思いっきり肩がぎくってなりましたね、しろくん。

 どうやら私の勝利のようです。くまくんがぴゅー、と口笛を吹いています。いえーい。






 何の勝負ですか。


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