つ
「くまくん? くまくん!」
私が名前を叫んでもあの面立ちに似合わぬニヒルな返事が返ってきません。……まさか、消えた?
「そんな……」
そういえば、顕現するのに霊力を使い続け、おそらく人間の姿を取るのにも霊力を使うことになったんでしょう……私の霊力は人並み外れた量だというから、すっかり油断していました。
つまり、霊力切れで、くまくんが存在できなくなった、と。こんな唐突に。
「くまくん……」
私は俯いて、とぼとぼと帰路に着きます。
ああ、何故でしょう。現れたときは生活の妨げになると怯えていたのに、エアー友達病とか言われるのを恐れて、脳内ツッコミとかやっていたのに、いざいなくなると、その疎ましさなんて微塵もなくて、胸に残るのはただ空虚。
"あくまのぬいぐるみ"の怪奇を実行してから数ヶ月、くまくんとは色々あった。馬鹿にしたりされたり、発言を華麗にスルーしたり、アニオタになりかける悪魔ってどうなんだろうとか思ったり。本当に色々ありました。当初の宣言通り、悪魔らしいことなんて一つもしていかなかったけれど、くまくんは確かにいたんです。ついさっき、そこまで。
貴船さんにバレて一喜一憂したり、冴木さんにまでバレそうになって一芝居打ったり。私の想像した理想のJK生活を脅かされながらも、くまくんとはそこそこ面白おかしく生活できていたのです。普段は
大切なものはなくしてから気づくとはよく言ったものです。どんなに憎まれ口を叩き、叩かれても、それは相手がいるからこそ成立することで、くまくんは悪魔ですが、悪友だったんです。悪友でも、友達は友達、私は心のどこかでくまくんのことを認めていたんです。
ああ、なんででしょう、涙が眦から頬を伝っていきます。止めどなく。さっきまで、私とそこそこに愉快な日常を繰り広げてくれていた存在がいません。たったそれだけで……こんなに寂しくなるだなんて、思ってもみませんでした。
出会ったときはただの生意気なショータくん悪魔だと思っていたのに、よくよく考えてみれば、くまくんがいた日常は、騒がしいけれど、退屈しない日々だったのです。
心にぽっかり穴が空いたような気分になりながら、涙を流しつつ、とぼとぼと歩きます。ああ、いつもならくまくんがしゃんとして歩けだの、あそこの広告には何が書いてあるだの、色々話しかけてきて、それにいちいち答えて、周りの人たちから怪訝な目で見られていましたね。今も怪訝な目で見られていますが……やっぱり、くまくんがいるといないとじゃ、大違いです。
二人でぎゃあぎゃあわあわあ騒いでいたら、周りの目なんて気になりませんでしたものね。
……色々考えていたら、いつの間にか立ち止まっていました。涙はまだ、涸れてくれません。
一体どれだけ、くまくんの存在が拠り所になっていたというのでしょう。
「よぉ、そこのおねーちゃん、どうしたの?」
気づくと、横合いから染めた感満載の金髪の男の人が声をかけてきました。見るからにチャラそうなのに着ているのが龍の刺繍が入ったスカジャンって、どこのヤンキーですか。
……と、普段ならくまくんがツッコむのですが、いないので、セルフで。
私はぐい、と目元を拭い、なんですか、となるべく冷たい声で応じました。
すると、その人は好奇心を滲ませた声で私の顔を覗き込んできました。
「何々? おねーちゃん泣いてるの? ひどい男にフラれでもしたかな?」
もし仮にそうだとして、それを的確に指摘するのが無神経なことだとどうしてわからないのでしょう。神経をお母さんのお腹の中にでも置いてきちゃったんでしょうか。
まあ、違うので、こういうときはガン無視に限りますね、と思い、つかつかと再び歩き始めると、私はいきなり強い力でぐい、と引っ張られました。
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