わ
私はかくんと元の位置に引き戻されます。
「何するんですか」
「いやぁ、泣いてる女の子をほっとけない質でさ? そんなに目、腫らしたままで行ったら、変な男に捕まっちゃうよ?」
「生憎と、現行で変な男に捕まってるので、さっさと帰りたいんですが」
「へ? 俺のこと言っちゃってる?」
それ以外に誰がいるのでしょう。
肩を竦めて、掴んできた手を振り払おうとしますが、そこでもう片方の腕も掴まれちゃいます。なんとかもがいて脱出を試みますが、どうやらこの人、上手く私を嵌めたらしく、動けば動くほど外れなくなるという嫌な状況になってきました。思った以上に厄介なやつに捕まったようです。もしかして、龍彫りのスカジャンだからヤのつくお仕事の方かしら。
金的を食らわすには距離が近くなりすぎています。しまった、先に金的やっとくんでした……
一般的に男の人の方が女の人より力があると言います。今まさしくそれが実証されているところです。残念ながら私は怪力女ではありませんから……
「離してください、私、帰りますから」
「そんな釣れないこと言うなって。何か辛いことがあるんなら、おにーさんが聞いてあげるからさ」
なんて余計なお世話なんでしょう。その上耳元で囁くとか気持ち悪いです。ただ、囁かれたせいで息が耳にかかり、僅かに脱力してしまいます。泣いていたからでしょうか。脱力すると同時、一気に力が抜けて、体が重く感じます。瞼も重いです……体勢的に抱きしめられている形になっているのが非常に不服なんですが、力が入りません……
変な男に捕まって、変なことされるのかな、嫌だな、拉致監禁とか。犯罪じゃないですか。この場合私が被害者になるわけですけど、被害者になるのも御免っていうか。大体拉致監禁されたい人間なんてそういないでしょう。
なんて呟いていたら、いつもならくまくんが冷静に、「いや、今の世間じゃ、そういう趣味嗜好のやつもいるかもしれないぜ?」なんて空恐ろしい返しをしてくるんですが。……そっか、くまくんは、いないんですよね。
辺りを見回すと、ふと、異変に気づきます。人がいなくなっているのです。
目撃者もなく行方不明とか……洒落になりません。
そんな危機感に襲われ、けれど、何もできないでいると、ふと、寒気がしました。
そして、唐突に男がずっこけます。男に寄りかかる形だった私は、なんとか手を地面に突いて、接触を免れました。免れましたが、これはとても微妙な体勢です。
世ではこれを床ドンとかいうんでしょうけれど、女が男にやるもんじゃないと思います。すっごい微妙な気分です。
しかしなんで急にこの人ずっこけたんでしょう、と顔を上げると、
「あ、おにーさんごめん、足が滑っちゃった♪」
てへぺろとついてもおかしくないような口調でおどけた様子で自分の額にこつんと拳を当てる男の子が一人、立っていました。
黒髪黒目にぱっちりおめめな短パンショータくんの姿には、見覚えがありました。
「くまくん……!」
そう、彼は角や蝙蝠羽こそないけれど、私の知る悪魔のくまくんに相違ありませんでした。
私が退くと、スカジャンチャラ男は起き上がり、見た目ショータくんのくまくん相手に容赦なくガンを飛ばします。
「うーん? ガキィ、一ついいことを教えてやる。……ごめんで済んだら警察いらねぇんだよ!」
と思い切りチャラ男が拳を振り上げたところで、くまくんは防御することもなく、チャラ男に背を向けます。
無防備にも程がありますが、悪魔を舐めたらいけません。
「あ、お巡りさん、こっちでーす」
「うげっ」
お巡りさんがいるわけではありませんが、ここで殴っているところを誰かに見られたら、チャラ男対ショータくんじゃチャラ男の方が真っ黒黒すけになるのは火を見るより明らかでしょう。さすが悪魔。頭の回転が違いますね。
チャラ男は「覚えてろ!」という負け犬の常套句を吐きながら逃げていきました。ざまぁみやがれ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます