「なんだ伸也、私は夢も見てはいけないというのか!」

「いや、夢と現実の区別をつけようよって話なんだけど」

「ここが現実だということはわかっている!」

「それはいいんだけど、よくないというか」

「どっちなんだ!」

「とりあえずその性癖はよくないと思いますー」

 うん、伸也先輩と赤根先輩の阿吽の呼吸についていけません。とても隙をつく余裕がないです。

 しかし、そこに果敢に攻め入る人物が一人。

「ところで、文化祭の衣装のことですが?」

 それは我らが副部長、呉服先輩です。真面目な先輩は自分に課されたお役目を果たしたいのでしょう。

 確かに、ここに来てから、私たちは置いてきぼり気味ですから、呉服副部長の存在は心強いです。どうやら、赤根先輩と伸也先輩ともお知り合いのようですし。

「見事な他力本願だな」

 もう他力本願引きずるのやめてくれませんか。別に他力本願じゃなくて、単に私たち顔繋ぎがされてないだけですし。

「人間って何かと面倒だよな」

 仕方ないでしょう。だって、人間だもの。

「突然詩人になるな」

 私たちがそんなやりとりをしている間にも、先輩方のやりとりは進んでいく。

「それが、ストーリー書く雪子さんがずっとこの調子で、今年は題材も決まってないんすよ」

「何? 赤根先輩、スランプですか?」

「だから恋患いだって……」

「そこ拘ります?」

 要するに、衣装を作るにも、劇のシナリオが決まっていないから、イメージとかもないってわけですね。

 話から察するに、赤根先輩が劇の台本を書いているようです。ストーリーテラーって素敵ですね。

 で、そんなストーリーテラーさんは現在恋患いというスランプに陥っているというわけですね。

「他に台本書ける人はいないんですか」

「みんな役者希望でね」

「……伸也は書かないんですか?」

「え? あぁ……」

 マイペースだった伸也先輩がここで言い淀みます。おや、何かあるのでしょうか。

「中学の頃は色々書いてたじゃないですか」

「そうだ、たまには伸也も書けばいいんだー」

 赤根先輩も呉服副部長の援護に入ります。もしかしてとは思っていましたが、三人は幼なじみか何かなんでしょうか。

 少なくとも、中学時代の馴染みではあるようです。

「へぇ、竹崎たけざき先輩って話書くんですか?」

 演劇部員が寄ってきます。伸也先輩は困ったような顔をして「いやいや」と言いながら、じろりと呉服副部長を見ます。

「なんでこの場面でんなことばらすんだよー」

「あら、部員には話していなかったんですか」

 呉服副部長が水を得た魚のように語り出します。

「中学のときは赤根先輩より色々書いていたんですよー。ジャンルはシリアスからコメディまで、なんでもござれのオールマイティーラウンダーです」

「今もオールマイティーみたいな言い方するなよー」

 伸也先輩がむくれています。こうして見ると、童顔で可愛らし顔立ちをしている方ですね。

「やっぱりお前ってしょたこ」

 ん? 蝿でも飛んでいましたかね?

「日隈さん、その掲げた拳は何ですか?」

「いえ、なんでもありません、続けてください」

「そうですね。伸也が書いた作品のコピーは今も大事に我が家に保管してあります」

「それ見たいっす!」

なぎさっ、おま、いつの間にコピったんだよ!」

 私は呉服副部長を二度見しました。

「ああああああ、あんな黒歴史がこの世に残っているなんて」

「見たいっす!」

「黙れ、諫早いさはや

 マイペース呑気くんな雰囲気の残っていない声で伸也先輩が後輩を止めています。必死ですね。

「いいじゃないですか。減るもんじゃありません」

「減るんだよ! 俺のHPが! ガリガリと!」

 おおっと? もしかして中学二年生な感じの過ちですかな?

「黒歴史だなんてそんな。素晴らしい作品たちだと私は思いますよ」

「私だってそう思ってるよ」

 呉服副部長に赤根先輩が張り合ってきます。おおっ、これは。

「「モテモテですね」」

「お前ら一辺死んでこい」

 茶化した私と諫早さんは辛辣な言葉を受けました。


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