お久しぶりです。ええ、頭がショートして時間が止まっていたような気がするので、こんな挨拶です。

 覚えていますかね、私のこと。……覚えていませんよね、そもそも名前が明らかじゃないんですから。

 現実逃避? ええ、今正に行っているところです。というか、私は目の前の黒髪ショータくんの正体で頭が処理落ちしています。

 だって、誰だって冗談だと思うじゃないですか。悪魔を呼ぶ儀式なんて、眉唾物ですよ。私は霊感があるので妖怪やら幽霊やらが見えますが……小学校のときに同級生だった子の影響で、こういう悪い儀式的なものはちゃんと手順を踏まないと成功しないって言われているんですから。

 まさか、学校の七不思議くらいで実現すると思わないでしょう? 真夜中の十二時にルートビッヒ・ヴァン・ベートーベンが睨んでくるなんて誰が本気にするものですか。そう思いません?

「本物か偽物かなんてただの人間にわかりゃせんだろ」

「あなたの言葉が物凄く正論すぎてムカつきます」

「理不尽だな、オイ」

「人間とはそういう生き物です」

「突然にお前まで正論出すなや」

 だって、だって、だって。

「なんで本当に悪魔が召喚されてるんですかぁ!?」

「いや、お前が儀式を行ったからだろ」

「この正論悪魔め!」

「正論悪魔はやめろ。外聞がいいのか悪いのかよくわからん」

「そこ?」

 名切先生が私と悪魔のやりとりに苦笑しました。

 どうやら名切先生には見えるらしいです。悪魔って幽霊や妖怪と違って、普通の人に見えるんでしょうか。

「先生、この悪魔、見えるんですか?」

「ん、まあ、僕の目は特別製だからね」

 特別製って……

「まさか先生も霊感のあるお方……?」

「なんで同志を得たみたいな目なのかな? くまちゃん」

「え? 先生の目が特別製ってことは私の目と同じ意味でしょう」

「違うよ」

 先生は眼鏡をかちゃりと持ち上げ、……精一杯なのであろうキメ顔で言いました。

「僕はこの七不思議の伝承者だからね」

 きょとんという擬音が頭の中に谺しました。

「伝承者? 先生、齢三十にもなって、中二病拗らせてるんですか?」

「くまちゃん、無害そうな見た目なのにぐさぐさくるね。違うよ?」

 じゃあ、何だというのでしょう。

 名切先生は指を立てて解説します。

「儀式を行ったってことは、この手芸調理部に伝わる"あ、くまだ"の伝承は知っているね? あれの始まりになったのは実は、僕の同級生なんだ」

「え、結構最近なんですか、これ」

「学校の七不思議みたく語られちゃったから、なんだか怪談としての貫禄? みたいなものが出ちゃったんだよ」

 怪談に貫禄なんていらないと思います。

「ともあれ、本当にあった話なんだよ。くまのぬいぐるみで悪魔を呼び出すっていうの」

「事の真偽も確かめずに儀式を行ったのか。相変わらず阿呆だな、人間は」

「毒舌悪魔は黙ってください」

「てめぇの方が毒舌だろうが! 霊感くま!」

「霊感くまって何ですか! 私にはちゃんと日隈ひぐま白詰草みつばって名前があります!」

「みつばとは贅沢な名前だな! お前なんかつばだ! つば。よぉく覚えておくんだよ」

「何処の風呂屋の女将ですか! しかも名前の方を略さないでください!」

 ただでさえコンプレックスな名前なのに、悪魔に知られただけでも屈辱です。

「あ、そういえばくまちゃんのみつばって名前って白詰く──」

 ばこんっ。先生の顎にアッパー決めてやりました。私にとって地雷なんですよ、その話題。

 まあ、と悪魔が呟く。

「契約が決まった時点で、お前の名前なんて知っているんだがな」

「それなんで黙ってたんですか。殺しますよ?」

「物騒な女だな……」

 そうして全く会話が進まないのだった。


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