第31話 戦闘を前提にした準備

「おいおいちょっとやばくないかこれ」

「何あったか分かったか?」

「全然わかんねーよ」


 モニタ越しに一瞬だけ見えたのは巨大なネズミだ。最低でも五匹以上いる上に、朝に出会ったものよりも大きいように見える。


「戻ろう。報告が必要だわ」

「そうだな。その前に張り紙はしとこうぜ」


 二人はリュックから紙とフェルトペンを出して、数枚の注意書をガムテープで岩壁に張り付ける。

 『この先、猛獣あり』としか書かれていないが、下手に大型のネズミなどとするよりは人を近づけない効果があるだろう。


 当然報告はするが、情報が伝わる前に誰かがこの先に踏み込んでしまうかもしれない。無防備に獣の群れに近づけば危険であることは間違いない。


 別の道を先に進んでいるはずの田村チームの様子も気になるが、死体やネズミの群れについての報告は優先度が高い。


「こんなペースじゃ間に合わねえだろ」

「もう、丸一日以上経ってるからな。この先、どんだけかかるんだよって話だよな」


 そんな愚痴が出てくるのも無理はない。この洞穴の総延長がどれほどかは見当すらついていないが、探索できている範囲は二キロ程度でしかない。


 もっと多くの人員を投入して探索範囲を広げたいところであるが、それを止めているのは安全性の問題だ。


 見たこともない生物や有毒ガスによる負傷者が実際に出ている以上、その対策をしないわけにはいかない。おかげで、昼には数百人の人員投入という予定も延びてしまっている。


 急いで戻り撮影した映像を含めて報告すると、佐々木と吉澤はホームセンターへと向かう。大型の獣がいるならば、ある程度の武装も必要だ。


「動物相手するのに、武器は何が良いんだ?」

「銃は俺らには無理だから、槍か斧じゃねえか?」


 大昔の狩のイメージだと石槍と石斧になると佐々木は言う。さすがに今の時代にそれは無いので、鉄製の武器を用意する。


 槍にするのはスチールラックの補助部品として使われるフラットバーだ。一・八メートルのものを購入し、先端から十センチほどをグラインダーで磨いて刃にする。


 握り部分はハンマーで叩いて潰した上で布を固く巻き、持ちやすいようにしてある。


「斧もあった方が良いと思うか?」

「いや、スコップで良いんじゃねえか? 斧って、振り下ろす以外できないだろ」

「確かに」


 叩く、切る、掬うなどいくつもの使い方ができるスコップの方が汎用性が高く便利だとして、吉澤は斧の購入に反対する。スコップはすでにあるため、新しく購入する必要もない。


「防御はどうする? 革ジャケットでも着込んでおくくらいしかないかな」

「鎧とか無理だし、せいぜい鎖帷子か? 腕にチェーンでも巻きつけておく感じ?」

「あー、それ良いな。打撃はどうにもならんけど、爪で引っ掻かれるの防げるだけでも全然違うからな」


 求められる要件は、複数の獣と対峙し無傷で撃退できることだ。発見した数匹のネズミを殺せればそれで良いわけではない。


 ゲームであれば、地上に戻った時にHPが僅かでも残っていれば簡単に回復できることが多いが、現実ではそうはいかない。


 基本的に、獣に咬まれたり爪で引っ掻かれたらその時点でアウトであり、病院に行かなければならない。洞穴の奥深くに進んでいれば、少しの傷で命を落とすことにもなりかねない。


 怪我をした上で探索を続行するなど考えるべきではなく、要救助の対象となって他人を足を引っ張ってしまう前に自力で戻ることが求められる。


 腕や足に鎖を巻き付ければ重くなってしまうが、不測の事態に縛る道具としても使えたりする。

 片腕だけでも二メートルほど。それを切らずに方から逆の腕にそのまま通してやれば必要な長さは約五メートルとなる。


「こいつにするか」


 一本ずつジャラジャラと振りながら佐々木が選んだのは、鉄製で耐荷重が1.96kNのものだ。足の分を合わせて十メートルで重量が五・三キロ、お値段は税込みで六千円と少しである。ホームセンターにはもっと耐荷重が高いものも売っているが、必然的に重量と値段もその分だけ上がる。重くなりすぎても動作に支障がでてしまうだろうし、バランスを考えるとそれくらいがちょうど良いだろう。


 店員に言えば鎖は希望の長さにカットしてもらえるし、フラットバーの加工も五百円でできる。


「あの、念の為なんですけど、これの使用目的を伺ってもよろしいでしょうか?」


 一般的ではない加工をしていれば、当たり前だが店員も怪訝そうな顔で尋ねてくる。まさかとは思うが、それらで武装してテロでも起こされては堪らない。


「例の二条高校のやつっすよ。まだ報道されてないと思うけど、結構危険な場所がいくつか見つかってるんですよ。死人が出る前に対応してかないとマズイでしょ」


 佐々木のその言い方は決して嘘ではないが、危険な場所を封鎖するための道具として使うようにも聞こえる。鎖を渡す支柱を立てるために先端を鋭く尖らせるのは別に不自然でもない。


 購入したフラットバーは段ボールで包んで二条高校まで運ぶ。刃を剥き出しにして持ち歩いていれば、当たり前のように通報されるし警察にしょっ引かれることになるだろう。持ち運ぶことに正当な理由があっても、刃を剥き出しにすることに正当な理由など何一つない。

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