第5話 混乱の中学校

 二条北中学校は大騒ぎになっていた。


 謎のアナウンスの後に、轟音とともに二条高校が目の前で地面の下に沈んでいってしまったのだから騒ぎにならない方がおかしい。

 残っているのは巨大な穴だけだ。道路を跨いで二条北中の敷地から二条高校のグラウンドまで、約百六十メートル四方が陥没して、教室からの見通しはすっかり良くなってしまっている。


「高校消えたんだけど? 高校消えたんだけど? 高校消えたんだけど?」

「道路までなくなってるぞ? ヤベーって!」

「これ、逃げた方がよくない? ここ大丈夫なの?」

「あーー! クルマ落ちたぞ!」

「うぁ、あれ生きてる⁉」


 見ていた中学生も大騒ぎだ。教師が落ち着けとか座れとか叫んでも一向に静まる気配はない。三年三組では教室の外に出ていこうとする生徒すらいる。


「おい、どこに行く、佐々木」

「クルマ落ちたっつってんだろ。助けに行かんでどうすんの? 放っとくのかよ?」

「お前が行かなくても良いだろう」

「じゃあ、誰が行くんだよ? 人の命より授業の方が優先なんて言ってたら、誰も行かねえだろうが。アホじゃねえのか?」


 言うだけで言うと、佐々木篤史あつしは教室を出て廊下を駆けていく。


「おれも!」「オレも!」


 それを追って木村に吉田、高橋が走っていくが、彼らは人命とかよりも授業をサボりたいだけだ。そして、その後ろを「待ちなさい、アンタたち!」と叫びながら典型的委員長タイプヒロイン、中村美里みさとが追うがドアのところで振り返る。


「ここも崩れたらヤバいから避難した方が良くない?」


 それだけ言うと中村も走っていった。教室内は騒然となるが、他のクラスは既に避難のために廊下に整列していたりもする。この辺りは教師の力量の差とも言えるだろう。


「おい、そこ走るな!」

「派手に事故ってるクルマいたんで、見てきます!」

「あ? 俺も行く。こっちは今すぐグラウンドに避難だ」


 佐々木が階段を駆け降りていると、一年生の教師、岡林が見咎める。が、事故と聞けば避難の指示だけ出して岡林も一緒に駆け出した。


 昇降口を出てみると、目の前はもう穴の縁だ。本来ならあるはずの道路は影も見えない。


「あまり端に近づくんじゃない! 崩れるかもしれんぞ!」


 安易に穴の縁に近づこうとする木村に、岡林が戻るように言う。最悪の場合、校舎ごと崩落する可能性を考えたから彼も教室の生徒に避難指示を出したのだ、岡林は穴の縁が安全だなどとは微塵も思っていない。


「で、事故はどこだ?」

「この穴に落ちてったんだけど……ここからじゃ見えないですね。先生、あれ」


 言いながら佐々木が指すのは消火栓だ。ホースを伸ばし命綱にしようと言うのだ。校舎ごと崩れたらどうにもならないが、そこまで崩落の規模た大きくなければ役にたつだろう。


「木村はあっち側から学校の外に出られるところ探してきて。吉田は北側頼む。穴に落ちるなよ!」

「分かった。」


 佐々木が言うと二人とも駆けていく。道路が無くなってしまっているのは見れば分かるのだ。帰宅するための出入り口を探すのは二人とも異論はないのだろう。


 この異常事態で授業がなくなり、帰宅指示が出るのを期待している者である。安全に帰宅する道がなければ、その未来がやってこないことはすぐに思い当たったらしい。


「じゃあ、あたしは音聴いてるね」

「ああ、地面に、いや壁でいいか。耳つけていてくれ」

 地盤の軋む音や助けを求める声に神経を注ぐのも大切なことだ。見えない以上、聴覚や触覚をフルに使うしかない。


 消火栓のホース取り出すと、体に巻き付けて佐々木はそろそろと穴の縁に向かう。そのホースを支えるのは岡林と高橋だ。


 意気込んで足を進めていくが、佐々木の腰は完全に引けている。それも仕方がないだろう、命綱をつけているとはいえ足下がいつ崩落するかも分からないのだ。

 穴の深さは定かではないが、穴の向こう側、高校のグラウンドのはずの場所に見える穴の壁は少なく見積もっても十メートルくらいはある。それと同じくらいの深さならば、落ちれば無傷で済むことはないだろう。


「お、クルマ発見。おーい! 生きてますかー?」


 四つん這いになって穴の下を覗き込み、佐々木は大声で呼びかける。しかし、返事はない。

 見える限り、落ちているクルマは二台だ。一つは逆さまにひっくり返り、もう一つはフロントを上に向けた状態だ。


 底までの深さは二十メートルほどだろうか。水平ならば大した距離ではないが、ビルの五、六階の高さだ。安全性を考えて設計された避難降下装置ならばともかく、ホースで吊り下げて降りる気にはならない。


 だから諦めるというのは尚早に過ぎる。どこかに下に降りていけそうなところがないかを必死に探す。


「下の様子が確認できたなら一旦戻ってこい!」


 わざわざ危険度の高いところに留まる必要もない。支える側の体力も考えれば、戻った方が良いとすぐに分かる。


 佐々木が縁から戻り下の状況を伝えると、三人で目を凝らして穴の向こう側から下りるルートを探す。ほどなく右側、南の壁面に斜めに跡があるのを発見したが、次の問題はどうやってそこまで行くのかだ。

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