第6話 避難
「吉田はともかく、木村はどこ行ったんだ?」
「一人で帰ってねえだろうな」
「いや、さすがにそれはナイでしょ」
佐々木と高橋は背伸びをしてキョロキョロと様子を窺うが、木村の姿は見当たらない。彼らのいる正門付近から南の端までは約二〇メートル。穴に転落したとしても、叫び声の一つでも上げれば気付く距離だ。
それにもかかわらず姿が見えないのは、学校敷地から出ていってしまったか、敷地外縁に沿って移動していったしかない。
吉田の方も探すのは難しい。というのも、北昇降口からグラウンドに避難している列があるためだ。五十メートルほども離れた群衆の中から一人を見つけるなど、通常の日本人の視力では無理がある。
「仕方ないな、北側から行くか。」
木村から何の音沙汰もない以上、南側には敷地外に出られそうなところが見つかっていないということだ。北側を探そうと動き出したところ、盛大な地響きに佐々木らは顔を強張らせて振り向く。
「おいおいおいおいおい!」
「マジかよ! ヤベェって!」
驚き狼狽えた声を上げるのも無理もない。北側の避難しているすぐ近くで地面が崩れ、もうもうと砂煙を上げながら穴の中に落ちていったのだ。
無数の悲鳴が上がるのは単に恐怖のためか、あるいは巻き込まれ転落した者がいるからか。佐々木たちのいる場所からでは知りようもないが、そんなことよりも重大な問題がある。
「おまえたち、ここを離れるぞ」
「長居はしない方が良さそうっすね」
岡林の指示に反対する者もない。実際に崩落するところを目にすれば『知っているだけの危険』から『現実味を帯びた恐怖』に格上げされる。
救助を急がなければという思いがあっても、自分たちの安全の確保が最優先だ。無茶なことをして被害者を増やし、救助の難易度を上げる結果になるのは最悪と言える。
そんなことは岡林も佐々木も心得ているようで、速やかに穴の縁を離れると外靴のまま校舎に入り一階の廊下を走る。
が、それもすぐに止まった。正面から半ば混乱に陥った集団が泣きながら走ってきたためだ。
「どうした? 落ち着け、大丈夫か?」
岡林は声を大きくしつつ声をかけるが、帰ってくる言葉は「あー」だの「わー」だの全く要領を得ない。それでも、その様子からは転落した者がいるだろうと察しがつく。いくら臆病な者であっても、犠牲者もないのにここまで取り乱すこともないはずだ。
「もしかして、あっちから出れないんじゃない?」
「昇降口が無理なら窓から出りゃ良いだろ」
「あまりそういうことは大っぴらに言うものじゃない」
中村は心配そうに言うが、佐々木も岡林も平然としたものだ。北側の異変に気付いた時点で窓から出ることを考慮に入れている。
「体育館へ行け! 南昇降口には近づくな!」
繰り返し大声で指示を出しながら廊下の壁際を北へと向かう。北口から逃げてくる集団は列もなく秩序なんてあったものではないが、ここで彼らを一度止めた方がパニックが大きくなることは容易に予想できることだ。
とにかく『今、何をすれば良いのか』を端的に指示してやれば、悲鳴や奇声を上げながらも集団は進んでいく。
「何だありゃ?」
混乱の群衆を抜けて北の昇降口まできてみると、隅の方で男子生徒が下駄箱にもたれかかるように倒れていた。高橋がそれを見つけると、慌てて佐々木らは駆け寄る。
「四組の小島じゃねえか?」
「怪我してるよ⁉️」
白目を
「息は……してるな。なら放っとくか」
「おまえ、冷たい奴だな」
無視していこうと佐々木は立ち上がるが、さすがに岡林は教師として怪我をした生徒を無視するわけにもいかないのだろう。放置すると宣言した佐々木を非難するように半目で睨むが、当の佐々木の方は昇降口の外に目を向けたまま顔面を強張らせている。
「いや、センセ、マジでそんなことよりあれ」
昇降口の外、ガラス戸の先がなくなっていることに気付くと岡林も目を見開き口元を引き
「えぇ⁉ どうなってるの?」
「そっちの窓の外はどうなってる⁉️」
現在の穴の縁が何処なのか。それを確認するのはとても大切なことだ。彼らの立つ床の下は、すでに穴の上に浮いている状態であるかもしれないのだ。
「こっちは地面ある!」
「右側はどこまである?」
「校舎の端のあたりまではありそうだよ」
「もたもたしてたらここも崩れるかもしれん。おまえたちは安全に道に出られるところを優先して探してくれ。とにかく急ぐぞ」
窓の外は、高さが二メートルくらいはある。そこから意識のない怪我人を投げ落とすわけにもいかない。岡林は小島を担ぎ上げると、廊下を急ぎ足で戻っていく。
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