第20話『地下探索紀』(1)

「生身で行くのは怖いので、ドローンを使います。ヨドバシで二十六万円で買ってきました」


 そんな説明から動画は開始された。時刻は『二条高校沈没!? 行方不明者を探しに行きます』の一時間半後の朝の七時半。最初の映像は、暗がりの中で明かりを持つヘルメット姿の人たちである。動きからして地面になんらかの痕跡がないかを探しているのは明白だ。


「事故発生から十二時間が経過しました。二十三時現在、地下空洞では警察および消防の方が行方不明者の痕跡を探しています」


 その様子を映している動画であるが、これはテレビでも放送されていない映像での第一報である。二条高校の呑み込まれた大穴は封鎖されており、マスコミの立ち入りは禁止されている。


 カメラが巨大空洞を壁伝いに進んでいくと、壁にぽっかりと空いた穴がある。探索するのはその先である。映像はドローンに切り替わり、洞穴をふわふわと進んでいく。


 洞穴の様子は単調だ。広がりもしなければ狭くなることもない。

 右に左に折れ曲がりながら伸びており、そこを進むドローンの電波が届くのか心配になってしまう。


『動くもの、発見』


 百メートル以上は進んだであろうところで、ドローンのライトの照射範囲の少し外側で何か陰が揺れた。行方不明の可能性はあるが、壁や天井が崩れてきている可能性もある。


 そして、それを確認するためのドローンである。


 近づいてみると、動いていたのは虫だった。平べったい体躯に、鱗のように重なる殻。一対の長い触覚と、十を軽く超える数の足。


『ワラジムシ? なんかサイズおかしくないか』


 一般的なワラジムシの大きさはせいぜい十ミリ程度。数十センチまで育つことはない。しかし、ドローンのカメラに映るそれは、少なくとも五十センチはある。


 念のために、とカメラはワラジムシの周囲を旋回して撮影をする。そうしてみると、たまたま虫のような形をした石ではないことは明らかだ。


 もぞもぞしている虫を観察した後、カメラはさらに洞穴の奥深くへと進んでいく。とはいえ、その距離には限度がある。


『電波が限界』


 遮蔽物のない空ならば数キロは電波が届くタイプというが、折れ曲がった洞窟内ではそれほどの距離は期待できない。四、五百メートルほども進めたのは良い方だろう。


 それ以上先に進むには、操縦者自身が洞穴の中に踏み入る必要がある。


『ちょっと相談してみたんだけど、ソロは危険すぎるからやめれ言われた』

『消防と警察から一名ずつ、探索隊に出してくれることになりました』


 消防や警察による捜索班も、そこに怪しげな穴があるのに何もせず放置するわけにもいかない。

 安全を考えると進入するのは崩落の危険性など確認してからとしたいが、それを待ったために手遅れになってしまったのでは本末転倒だ。


 話し合いの結果、奥へ踏み込むことが決まれば、持ち物等の確認だ。




 【探索隊の装備】


 照明つきヘルメット。基本中の基本です。明かりのために手を塞がれないのは大切です。


 ロウソク。必須ですね。風と酸素の探知に使えます。


 バールのようなもの。岩を叩いたり引っ掻いたりできます。


 ホイッスル。町中では吹いても百メートル先まで伝わるか怪しいが、洞窟内ならば数百メートル先まで伝わることが期待されます。


 ロープは十メートルのものを使用。三人を繋ぎ、転落や滑落を防止する。


 ショベル。万が一崩落事故があった場合、掘り返す道具があるのと無いのでは生還率が違う。


 マイク。音の調査は大切。ただし録音にはスマホを使う。荷物を少しでも軽くするため、ノートパソコンは持ち込まない。


 ペットボトルの水。水分補給はもちろん、怪我をしたときに洗浄用に。




 一つひとつ確認して、三人で横穴に入っていく。先頭を進むのはドローンだ。生身の人間の約十メートル先を進ませることで、危険を察知するのに役に立つ可能性がある。


「いた! あれです、巨大ワラジムシ!」


 声とともに光が向けられると、体長八十センチほどの虫の姿が露わになる。


「怖っ! 何だあれ?」

「動いてる動いてる!」

「こっちくるな、こっち来るな!」


 十四の足をワサワサと動かして近づいてくるワラジムシに、三人で悲鳴のような声を上げる。


「そうだ、火だ、火!」


 叫んでロウソクを投げるも、ワラジムシの前に落ちるとあっさり火は消えてしまった。仏壇用の小さなロウソクならばそんなものである。

 畳の上で倒してしまえば大変なことになるが、岩の上に転がしたところで何にもならない。


「あ、あれ? 遅い?」


 慌てて逃げようとしたが、追ってくる虫の動きは決して速くない。秒速でいえば二十五センチから三十センチ程度だ。


 体長一センチの虫が秒速三十センチで走り回ればかなりの速さだが、時速にすると一キロ強に過ぎない。

 大型犬サイズの生き物の移動速度としては極めて遅い。


「よし、コイツは無視して行こう」

「殺虫剤とか効くんですかね?」

「戻ったら報告しておこう」


 三人とも切替が早い。ワラジムシが巨大で気色悪くとも、危険度が低いと分かれば無視して横を通り抜けていく。


「この先で道が分かれてます」


 ワラジムシから二分ほど進んだところでドローンのモニタに変化があった。大きく左に曲がっている道の途中、右側の壁に横穴があるのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る