第19話 歩き倒すしかない

 長い九十九階層への階段は九十段ほどある。息を切らせながら約二十メートルを登り切ると、九十九階層はほんのりと淡く光る岩でできた洞窟だった。


「で、九十九階層に入ってすぐの分岐は何処だ? 地上に向かうにはどっちに進めば良い?」

『分岐はそこを曲がった先さ。さらに左に折れる道が地上へのルートだよ』

「左に行かなかったら何がある?」

『罠があるよ!』


 そんな道をわざわざ探索する必要もない。地上への道へと一旦進んでから、一人ずつ罠への道に入り用を足す。

「覗いたら撃つからな!」


 かみあきらはそう凄んで道から出ていくが、覗いたところで暗くて肝心なところは見えないだろう。岩が仄かに光っているとはいえ、人の表情が分かるほどの光量でもない。


 とはいえ、乙女心にはそんなことは関係ない。実際に見える見えないではなくて、覗こうとする行為が問題なのだ。


「大をする所が問題だよなぁ。一日に五階層進むとしても二十日掛かるわけだろ?」

「それまで我慢するとか無理だよね」

「どんな便秘だよって話だね。二週間も出さないでいたら病院行きでしょ」

「俺、野糞とかしたことねえよ」

「あったら引くわー」


 案内役に聞いたところ、しばらくは敵もいないということでしもの話をしながら四人は進む。品が無く汚い話であるが、当事者にとっては切実な問題だ。


「せめてトイレットペーパーが欲しいよなあ」

「学校のトイレから紙持ち出すとか思いつかないよね」

「念のため聞くけど。案内役ブルー迷宮ラビリンスでトイレットペーパーが手に入ったりする?」

『するよ!』

「何でだよ⁉」


 トイレなんてあるわけがないと言いながら、トイレットペーパーが入手可能である理屈が分からなすぎる。ダメで元々、と聞いた真紘まひろだったが、想定外の返答に青いピンポン玉を思い切り引っ叩く。


 詳しく聞いてみると、トイレットペーパーを入手できるのは二箇所、三十七階層と七十三階層のみということでそれまで我慢できないのは確定らしい。


「トイレよりも、まず食べるものと水のことを考えよう」


 切実度が高いのは排泄よりも摂取する方だと余真紘はその話を打ち切る。案内役に聞いてみると、飲用に適した水を得られる箇所は各階層に一つ以上あるという。


 しかし、九十九階層ではそれを探すことはしない。最短距離で進んでも十七キロを歩かねば九十八階層に出られないと聞けば、先に進むことを急ぐしかない。


 敵との遭遇を考えれば、少なくとも九十九階層を抜けるのに五時間はかかると見ておくべきだ。


案内役あお、ここの分岐の先それぞれ何がある?」


 横道や分岐点を見つけると必ず質問する。「武器はあるか?」など具体的な質問をすれば明快な答えが帰ってくるが「便利なモノ」のような曖昧な質問になると碌な答えが返ってこない。


 高性能デスクトップパソコンや原付バイクなど確かに便利なのだが、洞窟内では何の役にも立たない物を案内されてしまう。


 そのため、役に立つかの判断は自分たちでするしかないと割り切り、近いものから順に列挙させる方針になっている。


『その次の分岐を右に行くと着火器具、いわゆるライターがあるよ』

「ここからライターまでに、敵や罠はあるか? どれくらいの距離がある?」

『非常に残念ですが、ありませんねぇ。距離は五百三十メートルくらいだよ』


 ハズレ側のルートに関して質問を繰り返してると、以外な物の情報を得られることもある。距離や危険度を考えて取りに行くが、崖の上十メートルくらいにある場合もある。


 ライターは三メートルほど岩をよじ登った先の箱から手に入れた。


「千個以上はあったわ」


 ブレザーのポケットにぎゅうぎゅうに詰めて皇が戻ってくる。予備も含めて一人あたり二、三個あれば十分と思われるが、それほど重量もないのだから多めに持っておくのも悪くはない。


「お、着くね」


 円筒型で一般的な百円ライターとは大きさや形は違うが、着火の方法は同じだ。ボタンをカチッと押すとぽんと高さ三センチほどの青い火が灯る。煙草や蝋燭に着火するのに丁度良い、普通のライター程度の炎だ。



 正規ルートまで引き返すと、延々と九十八階層への道を歩き続ける。途中の休憩は、小用を足すのみだ。


、あんま時間ばかり見ない方が良い」


 段々とスマホを取り出す頻度が上がっているのを見て、皇は低い声で注意する。


「なんでよ?」

「はっきり言ってしまうとバッテリーの無駄遣いだからね。それに、今が何時でもボクたちのやることは変わらないし、四時だ五時だ六時だって分かった方が疲れを感じやすくなる」

「そうだね。時間を気にするくらいなら、歩数でも数えていた方がずっと健全だよ。ちなみに、九十九階層に入ってから……一四六四〇歩」

「いや、数えてたんかよ」


 神玲の発言に皇は呆れたよう言うが、大抵の場合は経過した時間よりも実績を数えた方が人はポジティブになれるものだ。


 足を動かせば岩壁はどんどん後ろへと流れていくが、見える景色に変化が殆どないため進んでいるという実感がない。

 それでも足を動かし続けるのには、精神安定のための何かがあった方が良い。


 余真紘も「そうする」と言って一四六五一から数えだす。


 その後もひたすらに歩き続け、四時間と四十一分で九十九階層の出口、長い登り階段を見つけた。


 しかし、喜びに駆け出すようなことはない。また百段くらいはあるだろうと思えば、嫌だ、面倒臭いという気持ちの方が強くなっても仕方がない。

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