第21話 『地下探索紀』(2)
警察官の言葉は不謹慎にも聞こえるが、洞穴の分岐していればそれだけ探索に時間または人手が必要ということになる。
数百人もの行方不明者が救助を待っているはずなのにもかかわらず、人海戦術を取れていない現状では非常に厳しい情報といえるだろう。
大空洞の時点で地下四十メートルから五十メートルであることは判明しており、そこに投入できる人員には限度がある。
「そこで一旦音の調査をしましょうか」
「そうだな。ここまででどれくらいくらい進んで来た? 二、三百メートルくらいか?」
「今のところ六百二十歩だが、一歩の長さが分からんなあ」
消防士は困ったように言うが、一歩は五十センチより小さくはないだろうと落ち着き、経過時間も含めて考えるとおそらく四百メートル前後だろうと当たりをつける。
「で、ここから分岐までどれくらいなんだ?」
「五十メートルもないと思います」
そう言ったとおり、五十歩ほど進むと横穴が見えてきた。三人が到着すると、横穴の先を見に行かせていたドローンも一度戻ってくる。
「さて、二人とも壁に寄りかかって座ってもらえますか? 立ってるとどうしても音が出てしまいますので」
文学的には「微動だにせず」などというが、生きている人間が本当に一ミリも動かないというのは難しい。起立した状態では数ミリ程度は動くものだ。心臓はもちろん内臓は意思に関係なく動いているし、随意筋である骨格筋もほんの僅かではあるが緊張の度合いが変わり続けているものであるためだ。
できるだけ動かないようにするためには、横になって全身を
右手側の横穴の奥に向けてマイクをセットすると、息すらも止めて音を探す。
「どうだ、聞こえるか?」
「いえ、何も聞こえません」
沈黙していた時間は二十秒ほどでしかない。それを耐えられずに声を掛けるのは、相当にストレスがあるということだろう。
左に曲がって伸びる洞穴の奥にも同様にマイクを向けてみるが、やはり助けを求める合図らしきものどころかノイズ以外の音が全く拾えない。最後に地面の窪みにマイクを押し当てて岩を伝わってくる音を拾おうとしてみるも、やはり何もない。ただザーというホワイトノイズだけが聞こえてくるだけだった。
「くっそ、どこ行ったんだよ他の生徒たちは」
この場で丁寧な言葉遣いをする意義を感じないのだろう、警察官の口調が少し荒れてきている。
百人は見つかったのだから、ちょっと探せば残りも見つかるだろうと思っていたのだろう。それが全く見つからないどころか、探す場所が増えていけば苛立ちも増す。
「ここまでに崩れて埋まったような跡はなかったよなあ」
「そんなのあれば、分かると思いますけどね」
「どうしろってんだよ、この状況。どうする? どちらから見てみる?」
「……狭い方からにしようか」
「何か理由でも?」
「狭い方が短いと思ったからだよ」
報告もせずに、あまり長時間進み続けるものでもない。
「確かにな。もう、零時十分だ。お互い、疲労もあるだろう。悔しいが、ここで戻るという判断もある」
「あと五分だけ、五分だけ行きましょう。その前に行き止まりに当たったら、それで今回は打ち切りましょうか」
「捜索の方針を考え直すことも必要か……。それに俺たちが事故に遭って捜索や救助が遅れたんじゃ元も子もない」
「ああ、我々が足を引っ張るることはあってはならない」
何とかして行方不明者の手掛かりを見つけたいが、報告が遅れることによる損失もある。トランシーバーで伝えられれば良いのだが、やはりこの分岐の少し手前くらいで通じなくなってしまっている。
スマホのタイマーをセットし立ち上がると注意深く横穴へと入っていく。
横穴はもとの洞穴よりも幅も高さも若干狭く、横に二人並んで歩くのは難しい。
「しかし、妙だな」
「何がです?」
「地下ってのは水が出るものじゃないのか? トンネル掘るのは排水との戦いって言うじゃないか」
「あー、そういえば聞いたことありますね、そんな話」
「それ言ったら、空気があるってのも変な話じゃないか? 変なガスが溜まっていてもおかしくはないだろう」
そんなことを言っていても結論は出ない。ピーピーと五分経過を告げるタイマーが鳴りだし、三人は引き返すことになった。
「くそー、何も収穫なしかよ」
ぶつぶつ言いながら、バールで岩壁を叩きながら進む。ガン、ガンと音が響かせながら歩いていると、ゴォンと突如低い音に変わった?
「何だ今の?」
「何かあるのか?」
足を止めてきょろきょろと見回してみるが、岩壁の様子に変わったところはない。バールで叩いていると、あるところから音が変わり、三メートルほどの区間だけゴォンと低い音が鳴る。
「空洞っぽいような音ですよね」
「そうだが、掘れるのかこれ?」
試しにシャベルを突き立ててみるが、岩に弾き返されてしまう。岩の掘削のためにはそれ用の道具が必要だろうと思われる。
「これも含めて報告だな」
「他にも同じようなのがあるのかもと思ったら泣けてきますね」
「言うな」
やることがどんどん増えていくと、現場としては頭を抱えるしかない。がっくりと肩を落として戻っていく三人だった。
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