第28話 地上へ
「戻るか」
「ああ。無駄に疲れたよ」
ケイの意識はまだ戻っていないが、自発呼吸が戻ったのならば取り敢えずは安心だ。倒れたと聞いてからまだ五分も経っていないし、重篤な障害が残ったりする可能性も低いと考えられる。
ぐったりとしたままのケイを背負い直すと、道を引き返しカイトと合流すると地上を目指す。道中は佐々木も吉澤も押し黙ったままだ。洞穴に足音だけが響く。
その雰囲気に耐えられなくなったのか、カイトは「担ぐの代わる」とボソリと言う。
「お……、頼むわ」
言いかけた言葉を飲み込み、吉澤はケイを下ろして肩を回す。
「あ、あのさ……、悪い」
「今は喋るな。殴りたくなる」
予想される危険を避けるためにロウソクや酸素濃度計などを持ってきているのだ。おかげで察知できていたのにもかかわらず、避けるどころか警告を無視されれば腹が立つのは当然だろう。挙句の果てに倒れまでされればまだ、苛立ちは爆発寸前にまでなるだろう。
「どうした、大丈夫か?」
最初の分岐点まで戻ってくると、周辺調査をしていた一人に声を掛けられる。
「コイツ以外は大丈夫だ」
吐き捨てるような佐々木の説明に顔を一瞬だけ
「いや、担ぐの代われ。お前らに途中で倒れられたらこっちの手間まで増える」
カイトはもちろん佐々木や吉澤も冷静であるようには見えないとして、分岐点付近を調べていたうちの消防士二人が同行する。
「済みません、お手数おかけします」
「ありがとうございます、助かります」
「まあ良い。それよりも、報告は聞かせてもらうぞ」
「上に着いてからで良いですか?」
「ああ、それで構わん」
消防士も、安全とは言えない場所で口喧嘩など始められては困るのだろう。取り敢えず黙って進むことを了承する。
急ぎ足で進み、電波が届くところまで来たらトランシーバーで救急車の要請を先にする。
「何の事故だ?」
「酸素欠乏、あるいは有毒ガスの吸引です。呼吸停止していたため、人工呼吸による措置を行なっています」
トランシーバーの問いかけに答えるのは吉澤だ。人命救助において、怪我の状況や施した応急措置をできるだけ正確に伝えるのはとても大切なことだ。
急ぎ足で地上まで戻ると、救急車もちょうどやってくる。
「じゃあ、ここからの付き添いはカイトがやってくれ。家族への説明とかもしとけよ」
それだけ言うと、佐々木と吉澤はいくつも設営されているテントへと向かう。
「あの、事故報告はどこにすれば良いっすか?」
「今の救急車の? 事故なんだ、あれ」
手近な者に尋ねてみると、嫌そうな顔で返されてしまった。行方不明者が見つかったのかと期待したところで探索中の事故だったと判明したらガッカリしてしまうものだ。
とは言え、危険だと分かっていたことだし、事故が起きてしまった事実も変えようがない。「あのテントが警察と消防の合同テントだね」と示されと行ってみる。
「事故報告はこっちでって言われたんですけど、大丈夫ですか?」
「どんな事故?」
「おそらく酸欠っす」
「……こっちで説明してもらおうか」
通された先には、作業服だけではなく迷彩服までいた。つまり自衛隊である。
「あー、また君か」
「なんか済みません」
頭を抱えて言うのは警察の偉い人だ。ネズミの時も佐々木がいたことを知っているのは、彼もずっとここに詰めているからだ。
「まず、ざっくり地図書こうか」
「そうだな」
大空洞から先の道について説明する所からになるため、道順に関しては紙に簡易な地図を書いた方が早い。
「ここの最初の分岐から一・五から六キロくらい行ったところで、三つに分かれます」
そのうち右と左は全く先を調べていないので不明。真ん中を数十メートル進んだところで事故が起きたことを説明する。
「酸素濃度計は持っていってたんですけどね、まさか警告を無視されるとは思わなかったですよ」
事故の直前に危険は察知できていたし、すぐに戻るように指示も出している。その様子も撮影してあるので証拠もバッチリである。
さらに、倒れたと聞いた後にどうやって救助したのかも見せてやれば、揃って大きく息を吐き頭を抱える。
「この事故原因は何だ? 警告を軽く考えていたのか?」
「恐らくそうですね。警察や消防ではそういう人はあんまりいないと思いますけれど」
「行方不明者の家族とかで焦っているような人は心配ですよね」
そこが危険だと分かっていても「このすぐ先に倒れているかも」なんて思ってしまったら退却の判断が遅れることもあるだろう。
「君たちの言いたいことも分かる。実際、過去には災害現場でそのような事故が起きているし、周知教育するようにしてはいる」
問題はボランティア参加の者たちだ、というのはこの場の全員の共通認識だ。危機感は本当に人それぞれだし、教育や訓練のほどはバラバラだ。今回は軽率な者の単独事故で済んだが、場合によっては周囲の人を巻き込んで悲惨な事故になることもある。
素人は危険な場所には近づけないのも一つの手段だが、そうするとまた人手不足という問題に直面する。特に、地下空間ということが最大の問題である。
北海道新幹線や東海リニアなど大規模なトンネル掘削工事は行われているし、地下に関しての事故というのはある程度想定されてはいるのだが、このようにただ深く長い洞穴というのはあまり考えられていない。
かつては日本各地で坑道が掘られていたが今ではそのほとんどが閉鎖されており、その事故を想定した訓練は少なくともこの地方では行われていないのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます