第29話 午後の探索
「酸素がないところの探索はどうする?」
現場責任者クラスの話は早い。新たな情報が得られればそれに応じて人やモノの手配を求めていくのは彼らの仕事だ。
その際に警察と消防、自衛隊で意思疎通ができていなければ効率は酷く悪くなる。人命救助を考えれば方針の擦り合わせは急がねばならないところだ。
「現場としては後回しにするしかないですね。可能なら遠隔操作のロボットの投入が一番良いんですけど」
「ロボットは今、上が調整中だ。後回しにする理由は?」
「危険すぎます。分かっているのは酸素がないことだけで、他の有毒ガス、とくに腐食性ガスの有無については探索の前に調査が必要なはずです」
吉澤は冷静に何が必要かを説明するのは。彼の持っていった酸素濃度計で計れるのは酸素だけだ。硫化水素ガスや亜硝酸ガスなどの殊更に危険とされるガスの有無までは判明していない。
もしも、溜まっているのが二酸化炭素ならば対処は比較的簡単だ。彼らのしていたようにビニール袋に頭を突っ込み、酸素缶から酸素を供給するという方式でも数十分の作業ならば行える。
しかし、高濃度の硫化水素ガスが滞留していたりするならばそんな方法では話にならない。そもそも皮膚への付着を避けなければいけないので、全身を防護服で包むことからスタートだ。
「つまり、地下事故の専門家が必要ってことで良いのかな」
「知事に報告あげて探してもらうしかないだろう」
「報告書の作成と確認にもちょっと付き合ってくれ。悪いが、昼食前に済ませてしまいたい」
「わかりました」
庁舎組が昼一で動けるようにと事実の列挙と所見をつけた報告書を作成する。二人が撮影していた動画を確認すれば時刻も明確であるため、より客観的なものになる」
「よし、じゃあお昼にしようか。ここらで手早く食べれるところって知ってるか?」
「コンビニなら道路を南に一町行ったところにありますね」
「あそかだと、工事の人とかもみんな行ってるんじゃね? 残ってるかなあ」
周囲を見てみると、パイプ椅子や地べたに座ってコンビニ弁当らしきものを食べている人は割といる。
「じゃあ、国道まで行ってサイゼか吉野家あたりかな」
その国道までは歩いて十分もかからない。既に食事を終えたものに留守を任せて十人くらいでぞろぞろと歩いて行く。
手早く食事を済ませると、隣接するドラッグストアで水やカロリーメイトなどを買って二条高校跡地に戻る。
「すみません! 行方不明者捜索の状況は⁉️」
敷地に入ろうとしたところで、女性が駆け寄ってくる。
「いま着いたのに知らないよ」
冷たく言ってあっさりと振り払う。彼らが離れていたのは三十分足らずだが、もしかしたらその間に発見されたりしているかもしれない。
そんな期待をしてみたが、状況は大して変わっていないらしい。
「最初の分岐の先には何も見つかりませんでした」
唯一、増えている情報はこれだけだ。細い道を進んでいくとどんどん狭くなり、這って進んでいると行き止まりに到達したらしい。
「選択肢が一つ潰れたら、先の探索に人をまわせるな」
「ええ、人員は例の四叉路は右側に行ってもらっています」
「左は?」
「今のところ五人だけですね」
人員の都合上、全てを同時に詳しく探索していくことはできない。
全部で百人以上が地下に潜っているが、電線や通信線を引き込んだり通路の整備をして、安全性の向上に努めている者も少なく無い。
危険を可能な限り排除していかなければ、さらなる人員の追加なんて望めるものではない。大量投入して行方不明者が増えてしまったのでは元も子もない。
「じゃあ、俺たちは左に行くか」
佐々木と吉澤は何度でも地下へと潜る。何度も往復した洞穴を進み、広場を横切る。そこまでは既に電灯が並んでおり、比較的歩きやすくなってきている。
「お疲れ様でっす」
「お気を付けて」
ケーブルを引き回している作業員に声をかけながら進んでいくが、それも広場から伸びる洞穴までだ。そこから先は真っ暗な道が続く。
進んでいくと前方に明かりが見えてくるが、誰かがいるわけではなく最初の分岐に電池式のランタンが掲げられているだけだった。
それを過ぎて十分ほど歩けば四叉路に到着する。
「ここから先はロウソク提げてくか。人が進んでるなら大丈夫なんだろうけど」
「いや、分からんぞ。倒れてるかもしれないからな」
有毒ガスは必ずしも下に溜まるものでもない。洞穴が上下しながら伸びている場合、どこにどんなガスが溜まっているかは分からないものだ。
途中で巨大ワラジムシを発見したりしつつ進んでいくと、右はと分岐する横穴を見つけた。
「これはどっちだ?」
「こっちに紙が落ちてるぞ。田村T、直進だってさ」
「じゃあ、俺らは右に行くか」
まずざっくりと調査するということであれば、まだ誰も行っていない道をいくべきだ。そう判断して二人は横穴に踏み入る。
そして、二百メートルも進むと二つの倒れている人影を見つけた。うつ伏せに倒れている二人の服は、どう見ても高校生のものではない。
「え? 何でこっちに?」
「繋がってるのか?」
「こっち五人って言っていなかったか? 他の三人はどこだ?」
言いながらも足を早めるが、安易に駆け寄るようなことはしない。どこからか毒ガスが噴出しているなどしていれば大変である。ロウソクの数を増やし、酸素濃度計を上に下にと動かしながら慎重に進む。
「ちょっと待て。これ、オカシイぞ」
「何だこれ? どういうことだ⁉️」
倒れた二人の服や荷物がはっきり見えるところまで近づき、二人の足が止まる。
「ちょっと吉澤、後ろ向いてみてくれ」
見比べてみても、違いが分からない。どう見ても、倒れている一人と吉澤は同じ服、同じ靴、同じリュックに同じヘルメットだ。
そして、もう一人と佐々木もそっくり同じである。
得体の知れない出来事に、混乱し恐怖に硬直するのも無理はない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます