第30話 恐怖映像
倒れているというだけでは生死も分からない。脈や呼吸の確認が必要だと二人の男を仰向けににしてみると、胸から腹にかけてザックリと切れているようで服は血に染まっているた。
どう見ても生きているようではないが、念のために脈を探すとまだ冷たくなっていないことは分かる。
さらに顔を確認すべくマスクとゴーグルを取ってみると、やはり佐々木と吉澤にしか見えない。
「一体……、どういうことだ?」
「ドッペルゲンガー?
「あるいは未来の俺らとか?」
思いつく可能性を挙げてみるが、何をどうしたって現実的なものではない。そして、吉澤が先に気付いた。
「一旦、逃げるぞ。ここはヤバい!」
倒れていた二人が何者かに襲われたのは明らかだ。前面の切り傷は滑落や転倒でできるものではないし、他の部位に怪我が見当たらないことも不自然だ。周囲を見回してみても血痕が散らばっていたりもしない。
爪や牙によるものなのか、あるいは他の武器によるものなのかは分からない。しかし、抵抗も反撃もできずに一撃で倒されたであろうことは想像できる状況だ。
言われて佐々木は慌てて腰を上げるが、思い出したように再びしゃがみ込む。
「荷物だけ回収する」
と言っても悠長にポケットの中まで探るようなことはしない。急いでリュックを剥ぎ取ると、二人は小走りで来た道を引き返す。
「何も来てねえよな?」
「足音は聞こえないな」
合流地点まで戻ると振り返って聞き耳を立てるが、追ってくるような気配は全くない。念のためにとマイクを取り出してボリュームを確認してみるが、ノイズしか拾えない。
「田村チームってのは無事なのかな?」
「分かんねえ。何時ごろにここを通ったのかもよく分からんしな」
張り紙がそのままになっているので既に引き返していったということはないだろうが、進んで以降の動きは知りようがない。もしかしたら、そちらでも何かに襲われている可能性もある。
「行ってみるべきか、戻るべきか。どうする?」
「戻る一択だ。今気づいたんだけど、このマイク、俺のだけど俺のじゃねえ」
佐々木の握るマイクは、抱えているリュックから取り出したものだ。本来ならば背負ったリュックから出すはずの物が、死体から回収してきたリュックから出てきている。
さらに取り出してみると、佐々木のものと全く同じ型のドローンまで出てくる。
「これ、俺のだよ」
ドローンのスイッチを入れて、背負ったリュックから取り出したコントローラーで操作すればそのまま動く。通常は同じ機種を用意したからといって、何の設定もせずに別の機体を操作できるなんてことにはならない。何十年も前のラジコンならばともかく、現代のドローンは横から簡単に操作を乗っ取れるほど甘い設計ではない。
佐々木はそのままドローンを操作して横穴の奥へと向かわせる。同じドローンが二台あるのだから、一台を失っても特にダメージはないという考えだ。このドローンは重要な証拠であるのだが、コントローラーだけでも異常性は証明できるため、本体に頓着する意味もない。
「さっきの地点まで進んだけど、特に何も見えないな」
一分少々で約二百メートルを進み、ドローンのカメラは二つの人影を捉える。モニタを見る限り、周辺の様子も変わりがないし動くものの姿もない。
「飛べる限界まで進んでみてくれるか?」
「そのつもりだよ」
昨日は曲がりくねった道を四百メートルほどは飛ばせている。洞穴の形状にもよるのだろうが、同じくらいは進めることを期待したいところである。
しかし、何の発見もなく一分もたたずに電波強度のアラートがでてしまった。
「どれくらい進めた感じだ?」
「秒速三メートルを三十五秒で計算すると百十五メートルだな」
それが正確な数値であるわけではないが、それを中心に誤差一割くらいで考えれば良いだろうと佐々木は言う。
「あれ? 横道あったわ。こっちから進むと斜め右後ろかな。あの位置から四、五十メートル先ってところか」
「そっち覗けるか?」
「行ってみるか。道の形からして電波が届かなくなりそうだけど」
危険である可能性が高いと分かっているのだから、無人機が活躍する場面である。しかも、失っても自身の懐が痛まないのであれば活用するしかない。
とはいえ、買えば二十万円をする機材を使い捨てにするのは惜しい。乱暴に扱うようなことはせず、佐々木は慎重にドローンを進めていく。
「今、何か映らなかったか?」
「右奥だよな。何かライトに反射したか?」
横からモニタをのぞき込む吉澤に言われるまでもなく、佐々木も一瞬光った点を見逃してはいない。その方向を正面にすえてドローンを進めていく。
「映った!」
「目か⁉ 一匹や二匹じゃねえぞこれ」
画面に映る光る点は十以上ある。ゆらゆらと揺れ動いているのは、空中のドローンが揺れているからというわけでもない。
「このドローン、こっちに戻して大丈夫だと思う?」
「棄てろ。追ってこられたらヤバすぎんだろ」
「だよな。じゃあ、逆に近づいてみるぞ」
目の正体を見るくらいはしておきたいと、佐々木はドローンを加速させる。暗闇の中に群れる獣の姿が露わになり、そしてそこにいくつもの人の死体が転がっているのを映してドローンからの電波は途絶えた。
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