第9話 血まみれの佐々木
一分ほど横になって呼吸を整えると、佐々木は起き上がる。
「とりあえず戻ろうぜ。ここにいても仕方ねえ」
そう言って歩き出すが、足取りはテンポが非常に悪い。ケガの上に体力も相当に消耗しているのは明らかだ。
いくつものサイレンが近づいてくる中、大穴をぐるりと回って、入ってきた柵のところまで戻ってくる。
道路には救急車、パトカー、それに何故か消防車まで何台も並んでいる。
高校の柵を乗り越えると、救急隊員や警察官に囲まれる。
「君たちはここの生徒か? いや、その制服は中学生か?」
「体中怪我しているじゃないか、大丈夫なのか?」
数人で質問を畳み掛けるが、高橋の方は狼狽えオロオロとするばかりだ。実に情けないが、中学生ならばこれくらいは仕方がない。
「ええと、まず僕は中学三年の佐々木、そいつは高橋。ここからも見える通り、クルマが落ちたんで救助に行けるところがないか探してたんです。したら、落っこちて」
「落ちた? 体は大丈夫なのか? かなりの高さだろう、取り敢えず乗りなさい」
「いや、救急車に乗るほどじゃないっす」
「素人の自己判断は危険だ」
佐々木は遠慮しようとするが、両腕を救急隊員に掴まれて救急車まで連れて行かれる。
立って歩いているからといって無事であるとは限らない交通事故などでも、帰宅してから意識不明となるケースもあるかとは救急隊員ならば当然知っている。
「んじゃ、俺は早退するわ。高橋はセンセイに言っといて」
「えー? 佐々木一人で行くのかよ?」
「救急車はアレだけど、病院には行きたいんだわ」
擦り傷が手や顔にあるのは見れば分かるし、突指に捻挫、打撲など適切な治療を受けたい怪我はいくつもある。中学校に戻って報告するのは元気な高橋がすれば十分なはずである。
「先生に何て言えばいいんだよ?」
「いや、そのまま言えば良いだろ? 俺が穴に落ちて登ってきたって」
登ってこれたという事実が伝われば、あとは現場に案内すればそれで済む話だ。それが他の被害者の救助に役立つかは分からないが、それは彼らの責任ではない。
勝手な判断で無茶なことをしたことで叱られることもあるだろうが、それも岡林教諭がある程度は庇ってくれることも予想される。
少なくとも自動車が転落したのは間違いのない事実で、救助を急がなければという意見は何も間違ってはいない。
そんなことをしている間にも、二人の警察官が中学校の柵を乗り越えて、グラウンドに集まっている人だかりに向かって走っていく。
目撃者や被害者の情報を集めるのは大事なことだ。
高校は校舎がすっぽりと無くなってしまっているし、中学校の方も校舎が穴の縁にギリギリで残っているような状況だ。
高橋は別の警察官二人とともに、再び高校の柵を乗り越える。警察官としても、何もせずに帰るわけにはいかない。降りられないならば諦めるしかないが、確認もしないのはただの怠慢だ。
佐々木の方はいくつかの質問を受けた後、やはり救急車で搬送すると決定された。目眩や吐き気が疲労によるものか脳のダメージによるものかは検査してみなければ分からないためだ。
「よう、篤史。大丈夫か?」
一通りの検査を終えて佐々木篤史が救急待合室に出てくると、待っていたのは兄の貴史だった。単身赴任で関西に行っている母親は二時間足らずで駆けつけることは叶わず、父親の方は現在はトイレである。
「ああ兄貴。捻挫とかあるけど、あんま大した怪我じゃなかったわ。入院するほどでも無いって」
「救急車で運ばれたって聞いてマジでビビっぞ。心配させんな。何があったのよ?」
「兄貴スマホある? ニュースになってると思うけど」
言われるまま検索してみると、貴史は顔色を変える。消失したと見出しのつく二条高校は、三年前に卒業した彼の母校である。教師や売店のおばちゃんなど、知っている者も何人もいる。
「はあ⁉ なんだよこれ?」
「授業中にいきなり消えたんだよ。見たら大穴が空いてて、降りれるところないか探してたら落っこちた」
「バカかよ! こんなんどう見ても危ねえだろ!」
「俺より先に落ちた奴いるんだよ。助けられる所がないか探すだろ」
既にドローン等での調査が進んでいるらしく、穴の深さは浅いところで約十一メートルであるとニュースサイトには記載されている。
自動車で転落した者はヘリで救助に向かったが、心肺停止のちに死亡が確認されたとある。
「大丈夫か、篤史!」
二人でスマホを覗き込んでいると、トイレから戻ってきた父親が声をかける。
「親父、篤史のやつコレに落ちたんだって」
「は? 何だこりゃあ?」
「佐々木さんよろしいでしょうか」
渡されたスマホを見て素っ頓狂な声を上げるも、看護師は冷静に医師からの説明があると告げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます