第3話 もう一人の余

「う、うおああああ!」


 十数秒の沈黙の後に、悲鳴のような叫びが上がった。いや、これは悲鳴そのものだろうか。


「何が起きた! どうなってんだよ⁉」

「ちょっと待て! ! 冗談だろ、返事しろ!」


 一人が叫ぶと、他の者も堰を切ったように連鎖的に声を絞りだしていく。せっかく冷静さを取り戻していた彼らも再び大混乱である。何もしていないのに級友クラスメイトが胸から血を噴き出して倒れれば、理解が追いつかないのも恐怖に理性が保てないのも仕方がないだろう。


「まじ、悪い冗談やめれって……」


 浅く息を切らせながら阿知良はしゃがんで倒れた余真紘を必死に揺さぶる。そして仰向けに転がしてみるが、大きく見開かれた両の瞼は瞬きひとつすることもない。黒く濡れた唇も言葉どころか呻き声、いや、微かな息すら漏らすこともない。一縷の望みをかけて脈を探してみるが、胸に手を置いてさえ鼓動は感じられない。


 体温こそまだ失われていないものの、そこにあるのはどう見てもただの屍だ。


「なあ、何だ? それ」


 目に涙を溜めて呆然とする阿知良の横ですめらぎが目を向けたのは、余真紘の脇に落ちている板だった。黒液の中に転がるそれが余真紘の胸から飛び出してきたのは、この場の全員が目撃している。何がどうしてそうなったのかは分からないが、余真紘が倒れたのはそれのせいで間違いない。


 スマホの光で照らしてみると、板は高い撥水性を持っているようで、血溜まりの中にありながら明瞭な姿を見せる。大きさはB4ほどで、恐る恐る手を伸ばしてみると、硬質な手触りであるものの金属的な冷たさはない。厚さは五ミリ程で、爪で軽く叩いてみるとカンカンと高い金属音に似た音が鳴る。


 持ち上げてみると向こう側が透けて見える材質だ。アクリルやガラスが連想されるが、普通のガラスならば落ちた時に割れてしまうだろうし、立てて持ち上げただけで水が全て流れ落ちることもない。そして、板には文字らしきものが並んでいた。


「何だこれ? ああ、これ裏か」


 裏返し向きを直してみると、一番上に片仮名で≪ステータス≫と見出しが書かれている。


「氏名、真紘まひろ。職業が高校生で年齢が十七に身長が百六十。一体何よこの板?」

『書いてあるだろう? 見たまんま、ステータスだよ! ステータスプレートを見れば、その人の状態が一目瞭然なのさ!』


 案内役が突然嬉しそうに喋りだす。この案内役は今まで沈黙していたが、質問の形で言葉を発すれば答えてくれるのだろうか。


 ステータスプレートには年齢や身長以外にも体重やスリーサイズも記載があり、さらに肺活量や握力、背筋力といった体力測定の結果のようなものまである。その内容に首を捻るのは皇だけではない。


「マジで意味わかんねえよ……」

「で、案内役あお。これはどうやったら出てくるんだ?」

『ステータスオープン、って言うだけさ。まあ、ステータスプレートを出したら死んじゃうんだけどね!』

「は? ふざけんなよ!」


 陽気な口調でめちゃくちゃなことを言う案内役に阿知良たちは怒りを爆発させ、口々に怒鳴り声を上げる。しかし、それも長くは続かなかった。


「廊下で何騒いでるんだよ。どこ行くつもりなのさ」


 阿知良たちがその声に振り返ると、そこには信じられない者が立っていた。


……? おまえ……、え? 死んだんじゃ……?」


 阿知良あちらたちは幽霊でも見るような表情で真紘まひろを凝視し、震える声を出す。


「お前、誰だよ。の偽物め!」

「そうだ、は死んじまったんだ!」


 床に横たわる余真紘の亡骸はそこにあるままだ。いつの間にか動きだしたりはしていない。新しくやってきた余真紘がどこから来たのかも分からないし、平静を欠いた彼らの反応はそれほどおかしなことでもない。


 だが、いきなり死んだとか偽物などと言われれば立腹するのは当然だろう。余真紘は大変に憤慨した様子で阿知良たちに詰め寄る。


「は? 何を言ってるのうぬらは? こんな時にふざけないでほしいんだけどおあああ?」


 そう言って歩いていた余真紘はに足をとられて転倒し、悲鳴を上げた。

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