第2話 禁断のステータスオープン

『やあ、こんにちは! 迷宮ラビリンスへようこそ!』


 阿知良が恐る恐る「噛みついたりしないよな?」なんて言いながら青いピンポン玉に触れると、やたらと陽気な声が上がった。


「うぉぉ! しゃべった⁉」

「中尾隆聖?」

「つまり、これが案内役?」


 それに対する反応は各様であるが、青いピンポン玉の報はお構いなしで言葉を続ける。


『わたしは迷宮ラビリンスの案内役さ。名前をつけてくれても良いよ?』

「ラビリンスとか案内役って一体何なんだよ!」

『名前をつけてくれても良いよ?』

「うっせえよ! ワケ分かんねえって言ってんだろ!」

『名前をつけてくれても良いよ?』


 この案内役とやらは、名前をつけないと会話が先に進まない仕様らしい。怒りに任せて青いピンポン玉を叩き落としたりもしたが、それでも『名前をつけてくれても良いよ?』と繰り返すだけだった。


「案内役つったか? なら名前なんてナビで良いだろ。で、ラビリンスって何だよ。状況が分かんねえんだよ」

『簡単なことさ。平岸市は美園町および澄川市を使って強化合成しただろう? その結果、進化して迷宮ラビリンスを獲得したのさ。ここはその一番下、地下第百層だよ!』

「合成とか進化ってゲームかよ! で、どうやったら地上に戻れるんだよ」

『決まっているだろう? ここは最下層なんだから、登っていけば良いのさ!』

「地上との連絡方法は?」

『そんなの、ありませ〜ん!』


 あまりにもふざけた案内役の回答に、阿知良は軽く溜息を吐く。そして立ち上がると教室の出入り口へと向かった。案内役とやらに質問しても欲しい回答は得られないし、この喚き声が響く真っ青な教室の中にいても状況が好転することもないだろうという考えだ。


 並ぶ教室からは青い光が漏れてきているが、廊下は暗闇の方が優勢で見通せるような明るさはない。それでも通い慣れた学校なのだ、よく行くトイレや階段のある方向が分からないはずもない。


「どこ行くんだよ、阿知良」


 階段へと向かおうとした阿知良を呼び止めたのはすめらぎ実言みことだ。なんとも不敬な名前だが、本人に責任はない。


「とりあえず校舎の外に出てみるよ。この青いのはここが地下とか言ってたけど、実際に見てみないと周りがどうなってるのか分かんねえだろ」


 案内役とやらの言葉が本当ならば、救助がすぐに来る見込みはない。迷宮ラビリンスなどと言うのだから、簡単に進めるものではないことは容易に想像される。背負ったリュックにお茶のペットボトルと弁当はあるが、逆に言えば一食分しか食料が無い。救助が到着するのが一週間後ならば、その前に死亡してしまう可能性の方が高い。


「ちょっと待って、一緒に行くよ」


 皇が小走りで阿知良に寄ると、それに続いて数人がドアへと向かう。彼らは興奮醒めやらぬ様子ではあるが、冷静さはある程度取り戻しているようだ。


 その一方で教室内には混乱パニックが続いている者は多く、青い光に向かって喚き散らしたり、数人で何やら罵り合っている者たちもいる。それは放っておいて、阿知良たちは廊下に出ていった。


 彼らの向かう先は廊下の先にある南階段だ。それを一階まで降りれば目の前の正面玄関から校舎の外に出ることができる。



「何かこれ、漫画とかアニメでこういうのってあるよな。ステータスオープン、とか言ったら何か出……」


 歩きながら言いかけるが、言葉の途中で真紘まひろの足が止まった。阿知良や皇が「どうした?」と振り返ると、余真紘は恐ろしい形相で目を剥きそのまま固まっている。メリメリと音がすると思ったら、服の胸部が盛り上がっていた。


 一体、何が起こったのかと息を呑むのも束の間、シャツを破り飛び出してきた板が足下に転がる。青い光に照らされ、どす黒い液体を胸から大量に流し、余真紘の体は力を失い床に倒れていく。


 何が起きているのかも分からず、阿知良あちらすめらぎたちは、呆然とその様を見ているだけだった。

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