高校がラビリンス!

ゆむ

第1話 迷宮、発生

『平岸市に美園町を合成……、成功。レベルが上がりました』

『平岸市に澄川市を合成……、成功。レベルが上がりました。レベルが上限に達したため、進化を開始します……』



 市町村合併、という言葉は聞いたことがあるだろう。新聞やテレビ、あるいはネットのニュースで、もしくは社会科の授業で。


 この平岸市もまた、今日、美園町、澄川市との合併が正式に施行された。その式典の始まりに市長がテープを切った瞬間、謎のアナウンスが流されたのだ。


「何だ……? 迷惑系配信者とかいうやつか?」


 市長や議員、職員たちは怪訝そうに首を動かすが、アナウンスはそれきりで、続きは聞こえてこなかった。ぐるりと周囲を確認しても、妨害に飛び込んでくるような者の姿はない。


 迷惑な奴らではあるが、もしかしたら若者なりに盛り上げようとしてのことなのかもしれない。この様子ならば、逮捕されたりするようなことまではするつもりはないのだろう。


 そう判断し市長は殊更笑顔を作り、お決まりの式辞を読み上げる。



 異変が起きていたのは市庁舎から五キロほど北、新しい平岸市の地形上の中心地点、二条高校だった。


 平日の午前十一時ちょうど。授業中に前触れもなくアナウンスが流れれば、教師も生徒も顔を上げて驚くのは当然だろう。尚、アナウンスはよくある女性ではなく男性の声である。


『……進化を開始します。平岸市は迷宮ラビリンスを取得しました。階層数、百で生成を開始します』


 アナウンスの直後、校舎内の全教室が闇に閉ざされた。それと同時に浮遊感が全生徒及び教職員を襲い、十数秒の後に激しい衝撃と揺れと共に重力が戻る。だが、戻ったのは重力だけだ。床は大きく揺れ続けるし、明かりは失われたままだ。


 横揺れは激しく、暗闇ということもあり立っていられる者はない。机の下に潜り込もうとしても、それも無駄だ。あまりの揺れの強さに机や椅子が横に飛び転がるのだ。

 この事態で焦らず対応できる者など滅多にいるものではない。教師も含めて平静を保てている者は一人もいない。


 二分ほどして揺れが小さくなってきても、混乱は続いている。多くの者が正気を失っている、と表現した方が良いだろう。頭を抱えてひたすらに絶叫を繰り返す者、床や壁を叩き続ける者、揺れの際に怪我でもしたのか痛い痛いと喚く者。教師も生徒も大した差はなかった。



「電波通じてねえじゃん。何だよこれ」


 微細な揺れが続く中で校内で最も早く冷静さを取り戻したのは二年二組の阿知良あちらかおるだった。ニュースでも見ようとしたのか、電話をしようとしたのか。スマホを取り出して見るも、電波強度を示すアイコンは圏外を示していた。


 その声と光で、周囲の数人も慌ててスマホを取り出す。


「圏外じゃん!」

「おまえ、どこ? バンクは繋がらねえ」

「ぼくはドコモ。だれかauいる?」


 数人がスマホを出してそんな話していると、連鎖的に正気を取り戻す者も増えてくる。それでも半数ほどは競うように力いっぱい叫んでいるだけなので会話をするのも大変である。

 それでも、互いに画面を見せ耳を寄せ合い、どのキャリアも電波が通じていないことは確認された。


「で、何なんだよこれ……」

「真っ暗な理由が分かんないよ。今、朝の十一時だよ。停電したって真っ暗になるワケないじゃん!」

「気をつけろ! 窓も割れてっぞ」


 外が暗いのはおかしいと数人が窓に向かうが、すべてのガラスが割れているのが見えて阿知良は顔を歪ませて声を上げる。


「何も見えないよ。スマホじゃ光が弱すぎるって。だれか懐中電灯もってね?」

「いや、持ってねえだろ」


 窓の外にスマホを向けてみるが、光が全て吸い込まれたような真っ暗な世界が広がっているようにしか見えない。

 通常であれば、この窓からは校庭が、さらに道路を挟んで中学校が見える。しかし、彼らの目は光は映らず何かが見えるような様子は全くなかった。


 懐中電灯も職員室や災害備蓄倉庫にはあるのだろうが、各教室に配備されているものでもない。根本的に、昼間から暗闇に閉ざされることは想定していないためだ。


迷宮ラビリンスの生成が完了しました。本日限り、入場者には特典として案内役が配布されます』


 アナウンスは常に唐突だ。その場にいる者の都合などお構いなしで、たとえ聞いていなくても一度だけ告げて終わってしまう。


「今の何? さっきもあったよね」

「速水奨?」

「っていうか、なんか出てきたぞ。なんだこりゃ?」

「いや眩しいってこれ」


 彼らはまだ揺れが完全に収まったことは気付いていないのか、アナウンスと各人の目の前に出現した謎の球に話題が集中する。謎の球はさしずめ青く光るピンポン球だ。宙に浮かんだまま、ただ冷たく光っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る