第13話 『二条高校沈没!? 行方不明者を探しに行きます』(3)

 穴から這い出てきた男子生徒は、眩しそうに周囲をぐるりと見回すと右の拳を握りしめて振り返る。


「みんな大丈夫だ! 順番に来い!」


 本当に安全に外に出られるのか不安に思っている者が多いのだろう。何度か叫んでから穴から這い上がる


 その後、一人、また一人と穴から這い出てくると、疲れた様子でそこらに座り込む。消防や警察が怪我の確認などを進めていくが、特に救急車で搬送する必要があるものはなさそうである。


 画面は暗くなり、生徒七十六人、教師二十二人の無事を確認と大きく表示される。


「いや、少なすぎるだろ。生徒教職員あわせて千人くらいいるんだぞ⁉ この中一体どうなってるのよ? ちょい見てくるよ」

「ちょっと落ち着きなさい。いま、音はどうなってる?」


 警察官に言われて、佐々木貴史はショベルカーが掘った穴の端あたりにマイクを埋めて音を聞いてみる。


「特に変わった音は聞こえないですね」

「体育館側でも、一度確認してみよう」


 ヘッドフォンを数人にまわしてから警察官は安全にできることを先にすべきだと強調する。一刻も早い救助が必要なのは確かだが、要救助者を増やして事態を悪化させることは避けなければならない。


 安全第一


 そう表示されて何か所かに穴を掘ってマイクを埋めてみるが、結局それらしき音は拾えなかった。


「やっぱり、中に入って確認してみた方が良いと思います」

「危険すぎる。よしなさい」


 安全を優先に考える警察は穴に入ってみることに難色を示すが、虎穴に入らずんば虎子を得ずともいう。要救助者に最も近いのがこの穴の中だというのも理屈である。


「分かった。十五分だ。何か見つけても、見つけられなくても十五分で出てきなさい」

「了解です」


 佐々木貴史が立ち上がると、土木作業員が二人「行きましょう」とやってくる。


 掘り広げられた穴に入り懐中電灯で照らしてみると、穴は長くトンネルのように続き、右へと曲がりながら斜め下へと伸びている。その断面の形は円に近く、道幅も高さも二メートルほど。二人並んで歩くのは不可能ではないが、かなりくっつくことになりそうだ。


「なあおい、随分深くねえか? どうなってんだこりゃあ?」

「外の光が見えなくなっちゃったぞ」

「電波も届いてないです。マズイな、これ本当にどこまで続くんだ?」


 正確な距離は分からないが、トンネルを歩き始めてから約百秒。秒速〇・五メートルで進んでいるとしても、すでに五十メートルくらいは歩いているだろう。

 校舎内にいたはずの生徒たちがこんなところに一列に並んでいたとは考えづらく、作業員たちもある程度大きな空間があると思っていたのだろう。いつまでも校舎らしき場所に辿り着かないことに焦った様子を見せる。


「なんかあそこから様子が変わってますね」

「足下気をつけろよ。ここで怪我したら成果ゼロで引き返すしかないからな」


 地底の道は舗装路のように綺麗にならされてはいない。あちこち窪んでいたり、大小の石が転がっていたりする。


 これまで通ってきたところには比較的歩きやすい箇所もあったが、彼ら進む先は自己主張の強い岩肌がゴツゴツとしていた。


 といっても、歩きにくいが進めないというほどでもない。ハイヒールやサンダルでは無謀だろうが、工事用の作業履やスニーカーならば問題ないようで、壁に手をついたりしながらひょいひょいと進んでいく。


「お? なんだここは?」

「随分広いところに出たな」


 左右の壁が大きく遠ざかり、懐中電灯で照らすと闇の中に消失しているように見える。


「だ、誰かいるんですか?」

「おおう⁉」


 思いがけず声が聞こえてきたことに驚いたのか、カメラが大きく揺れる。


「まだ人いたのか⁉  おーい、どこだ?」

「明かりになるものあったら点けてくれ!」

「あっちだ!」

「誰か一人ここに残ってた方が」


 闇の中に小さな光を見つけ、そちらに行こうとするが佐々木貴史は足を止める。


「どうした?」

「いえ、帰り道が」

「あーそっか。じゃあ、ここで待っててくれるか? 俺たちが行ってくる」


 それだけで通じたようで、カメラは壁に近寄る。そして、観察するのは壁や地面の様子だ。


 見た感じ周囲は全て岩で、地面と壁には明確な境目はない。大小の凸凹はあるが概ね半径一メートルほどの曲率で繋がっている。


 ミニスコップでガンガンと突いて見ても弾かれるばかりで、穴は掘れそうにもない。とはいえ、音の調査は諦めるつもりはないようで、岩の窪みにマイクを押し当て握り拳ほどの石を乗せて固定する。


「さて、何か聴こえてほしいですね。行方不明者はあと九百人もいますので」


 祈るようにマイクのボリュームをいじるが、ノイズしか聞こえてこない。ザーという中に、ジャリジャリと混じっているが、これはおそらく佐々木貴史が発しているものだろう。


 そうしているうちにピロリンピロリンとスマホのタイマーが鳴る。折り返しタイミングの七分経過を示す報せだ。


「あっちは、大丈夫かな」


 呟きながら音を拾おうと頑張っていると、ザクザクと比較的規則正しい音が聞こえてくる。


 土木作業員、戻ってきた


 テロップが表示され、暗闇の中に揺れる光が近づいてくる様子が映される。


「うーらーめーしーやー」

「いや、子どもですか」


 近くにくると作業んの一人がライトを顔の下から当てて恐ろしげな表情を作るが、佐々木貴史は全く同じた様子も見せずに冷たく対応する。


「時間です。上に戻りましょう。残念ながら、音も聞こえませんでした」

「こっちは横穴を見つけた。けど、行ってみるのは後だな。まずはこの子、それと報告だ」


 意見は一致し、映像は地上へと切り替わる。とはいってもグラウンドの大穴の底であるようで、周囲に人は大勢いるが街の明かりは映っていない。


 報告は既に終わっているようで、土木作業員は忙しく次の作業の準備に取り掛かっているようだった。

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