第26話 巨大ネズミ

「本当に出やがったよ!」

「思っていたよりも小さいけどな」

「最悪のサイズだよ……」


 じっと睨んで様子を見るネズミから目を逸らさず、三人は後退りしていく。少し離れるだけでネズミの姿は闇の中に浮かぶ薄い影となっていく。


 身体が見えなくなっていくにつれて、白く光る目が存在感を強める。


「アレにライト向けるな」

「向けてた方が威嚇になるんじゃねえの?」

「近づいてきた時のために取っておいた方が良い」


 ネズミが動かないならば余計な刺激を与えるべきではないというのが佐々木の言い分だ。


「おい、近づいてきてるぞ」

「武器構えろ」

「武器って何よ⁉」

「ほいバール。危ないから横に振るなよ。上から下にぶちかま……」


 言っている側から、ネズミが走って距離を詰めてくる。


「来てるぞ!」

「死ね!」

「うありゃああああ!」


 口々に叫び、バールや鶴嘴つるはしをネズミに向けて突き立てる。

 渾身の力と重量で、二本の鶴嘴は肩と横腹に深々とつき刺さる。バールの先端は口から入って喉の奥に刺さり、さらに曲がった部分がネズミの口を閉じるのを妨げる。


 上手く攻撃が命中したものの、体重が数十キロある獣の突進がそれで止まるわけでもない。真正面からネズミの体当たりを受けて、村橋も床に転がる。


『ヂアアアア!』


 大きく鳴いて暴れると鶴嘴は抜け落ちるが、口から刺さったバールだけはどうしようもならない。ネズミはぐるぐると走り必死に頭を振っているが、それでは傷を拡大させるだけだろう。


「もう一発!」

「くたばれや!」


 佐々木と吉澤は鶴嘴を拾いさらにネズミに向けて振り下ろす。


『ギェェェ』


 一つ大きく鳴くと、ネズミは鶴嘴が刺さったままで洞窟を逃げていく。


「敵だ! デカい奴が行ったぞ!」


 ネズミが走り去って行ったのは出口方面だ。少し先の分岐点付近には調査中の人がいるはずだ。無防備なところを背後から襲われれば大怪我をしかねない。


 大声を出して聞こえるかは分からないが、それで伝わるならば叫んでおいた方がいい。


「俺たちも戻るぞ。村橋立てるか?」

「あっちこち痛いけど手足は折れてないみたいだ」


 言いながら村橋は立ち上がって見せるが、歩いてみると若干ふらついている。目立った外傷こそ無いものの、二、三メートル吹っ飛ばされて平気でいられるはずもない。


 動き始めると、前方から叫び声が聞こえてくる。洞窟に反響して何を言っているのか聞き取れるものでもないが、ネズミに遭遇したのは間違いない。


「急ぐぞ」

「分かってる」


 断続的な叫び声が聞こえてくるのは、ネズミが片付いてはいないことを示している。途中に落ちていた鶴嘴を拾い暗い道をできるだけ急いで戻っていくと、数人の男とネズミが右に左にと走り回っていた。


「壁際に寄ってくれ!」


 佐々木が叫んでみると、男たちは次々にに壁に張り付くように後退する。そして、佐々木と吉澤は逆に道を塞ぐように並んで立つ。


 打撃武器が無いうえに負傷している村橋は前には出てこないが、懐中電灯の光をネズミの頭に向ける重要な役割がある。


 最近のLEDライトはかなりの光量を持つ物もある。洞窟の探査では眩しすぎるために被せていたタオルを取ってやることで、視覚に対する武器にもなる。


『ヂュェッヂュェッ』


 鳴きながらネズミは光から逃げるように走る。しかし目が見えていないのか走る方向はデタラメだ。壁に激突してさらに悲鳴を上げる。


「おらあああああ!」


 ネズミの動きが止まったところに吉澤が駆け寄り、臀部に鶴嘴を叩き込む。佐々木の動きは数歩遅れたが、逆にそれが功を奏する結果となった。


 旋回したネズミの頭の後ろに鶴嘴を命中させたのだ。


 鳴き声も上げずに、ネズミはその場に倒れる。


「いったい何なんだ、コイツは?」

「見た感じはネズミなんすけどね」

「こんなデカいネズミっているものなのか?」

「なんかもう不思議空間っすよね、ここ。巨大ワラジムシもいたし」

「とにかく、一旦戻ろう。怪我したら速やかに引き返す。それがここのルールだからな」


 無理をして救助が必要になってしまう方が問題だ。足手纏いとならないうちに安全な場所まで引き返すようにと地下に潜る前にしつこいくらいに言われる。


 それは消防や警察であっても同じだ。ネズミに引っ掻かれた者は感染症の対応も必要であるし、戻らず頑張るという選択肢はない。


 そして、念には念を入れて報告はトランシーバーで行う。電波が届くところまで洞穴を戻ると、未知の生物と接触したことをまず伝える。

 最近では新型コロナの例もある。何らかの病原体が付着している可能性もあるため、他者との接触はできるだけ避けるべきという判断だ。


 他の人たちが全員退避した後、壁に沿って出口に戻り地上に出ると防護服を着た医療関係者と思しき人たちに囲まれた。


「まず、そこのゴーグルとマスクをしてください。荷物はそちらの箱に入れてください」


 まるでバイキンのように扱われるのは愉快ではないが、言われた通りにするしかない。本当に危険な最近やウイルスを持っているのだとしたら大変である。


「アルコール消毒で腫れたりしたことがある人はいますか?」

「大丈夫です」「平気です」「問題ないです」


 口々に返事をすると頭からアルコールを噴霧される。新型コロナ対応でも無かった酷い扱いだがそれも仕方がない。ここから新しい感染症が広がるようなことがあれば一大事だ。荷物も確認の上、アルコールや塩素で拭いて処理される。


 そして、洞穴の中に入るにはN95マスクとゴーグルの着用が必須とされた。

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