第34話 さらに奥へ

 佐々木と吉澤は洞穴を進み、遺体と思しき影の確認のために先行していた警察官を見つけると声をかける。


「五人なんだが……、ちょっと来てくれるか?」


 困ったように警察官が一般人を呼ぶのも珍しい。しかも、人の遺体を発見しての状況となると普通ではない。しかし、近づいて恐る恐る遺体の顔を覗きこめばその理由は一目瞭然だった。


「なんでまた俺と佐々木? どうなってるんだ? ポケットに財布あります?」


 これで三人目の佐々木と吉澤だ。並行世界から迷い込んでくるにしても、異常な確率だろう。しかも、その二人ともが死んでいるのだから不気味なことこの上ない。



「ほかの三人は誰だか分かりますか?」

「名前は分からんが、この服装は消防だな」

「彼らは上に連れて帰った方が良いんですかね」


 咎めるような言葉が出てくるほど佐々木の言葉は非常識なものだが、彼自身の遺体が二つもある以上、こちらも二人目か三人目である可能性も十分にある。


 何が起きているのかを調べるには、遺体を持ち帰り本人と一致度の検査などをする意義はある。しかし、社会や本人の周辺に与える影響を考えると、取り扱いの仕方は難しい。


 生きた本人がいないならば、遺族に持ち帰るのは大切なことだ。沈鬱な顔をして「お悔やみ申し上げます」と言えば良い。


「本人が生きている場合の方が大変な問題になるんですよ」

「どういうことだ?」

「俺とコレ、どちらが本物であるかを証明できる人っていないんです。まあ、生きてるのが一人なら議論するだけ無駄なんだけど、家族がそこまで冷静でいられるとも限らない」


 仲が良くても悪くても、「目の前にいるのはニセモノなのではないか?」などと疑心暗鬼に襲われる可能性は十分にある。


 それが原因で家族関係や友人関係などが崩壊する恐れがあることを考えれば、この事実は伏せておいた方が良いという判断もある。


「難しいな。運ぶのにも人手が必要だし、尚更難しいな」

「いや、運ぶ方向で考えるべきだろう。ネズミの死骸も運んで調べた方が良い」


 放置して腐らせる方がマズイと指摘する。最初に発見したネズミも既に回収されている。その分だけ人手が必要になるが、衛生環境を整えることも今後の捜索を考えれば必要だ。


「とは言っても、今全てを持ち帰ることはできない。優先順位としては……、難しいな」

「私は先に進みたいですね。辛うじてでも息があるならば救助が最優先でしょうが、遺体の、しかも身元不明となる可能性が高いものを行方不明者よりも上にはできません」


 警察官の一人が言うと、全員が頷く。しかし、運ぶのは後としても今のうちにしておくこともある。


「張り紙には何と書きましょうか?」


 分岐のところの張り紙を替えねばならないと佐々木は主張する。いつまでも『猛獣あり』のままにしておくのも良くない。彼の言う通り、情報は更新すべきである。


 分岐点と遺体にそれぞれ張り紙を残して一行は先へと進む。逃げた三匹のネズミが再び戻ってくるかもしれないし、できるだけ早めに駆除しておきたいのは全員の一致するところだった。



「思った以上に疲れるな、君らは大丈夫なのか?」

「ええ。エネルギー補給は常にしていた方が良いですよ」


 吉澤はキャラメルを配り、水筒から一口だけ飲む。こまめにカロリーと水分を補給していれば、原理的には体力が尽きることはない。ビタミン・ミネラルを補給するサプリも摂っていれば完璧だ。


 実際は、人間は精神を休めたり睡眠を取る必要があり、摂取だけしていれば動き続けられるなんてことはないのだが。


 そして、警察官が心配したのもフィジカルの面ではなくてメンタルの方だ。


「まあ、大丈夫ならば良い」


 それだけ言って、洞穴の奥へと向かう。

 道は広くなったり狭くなったりしながら、右に左に上に下にと曲がりくねっている。

 途中に水が流れている箇所がありながらも道を完全に阻んではなく、迂回すれば奥へと進むことができている。


「随分長いですね。この先に本当に行方不明者たちがいるのでしょうか?」

「長い時間、歩き回ったなんて話は出ていないんですよね、今までに見つかった子たちからは」


 遺体の場所から三十分以上も歩き続けていれば、疑問も出てくる。洞穴はまだまだ奥に続いていそうだが、どこかで見落としをしている可能性も考えた方が良い。


「ネズミがどこに行ったのかも気になるんですよね」

「いや、来ますよ。前!」


 警察官が不愉快そうに言うも、左下に曲がっていく先からガサゴソと音が近づいてきている。慌てて武器を構えるのと、獣が飛び出してくるのはほぼ同時だった。


「それでッ! 奇襲のつもりかァァ!」

「くったばれええ!」

「二匹目いるぞ、気を付けろ!」


 前の二人が渾身の力で武器を叩きつけ、その横を抜けてさらに二人が畳み掛ける。残りの三人で二匹目に当たる。


 既に三匹の大ネズミ殺した者たちだ、もはや迷いなどない。容赦なく、攻撃が通る場合を目掛けてフラットバーやスコップを突き立てる。ネズミも反撃するが、牙や爪もヘルメットやスコップなどに阻まれ致命打を与えるに至らない。


 二分も格闘していれば、佐々木らは無事に勝利をおさめることができた。

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高校がラビリンス! ゆむ @ishina

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