第33話 無我夢中

「この奥か」


 地下洞穴を進み、分岐を二つ過ぎて三つめの分岐で横道に入る。その先には二人の遺体があり、ネズミの群れがいる。


 それぞれ武器を握りしめて慎重に先へ進んでいく。


「あそこです」


 分岐から三分ほど歩けば、血まみれの死体が二つ転がっているのが見えてくる。どう見ても生きてはいないし、既に体温も失われている。


「確かに、君たちに似ているな。服は少し違うようだが」

「いえ、俺たちが少し変えてきたんです。でもズボンとか靴は同じでしょ」


 革ジャケットを着込み、鎖を巻いたりと上半身の見た目は変わっている。が、ヘルメットと膝から下に変化はない。


 見比べてみれば、倒れている二人は佐々木らにとてもよく似ているのは消防士から見ても同じだ。


「まず彼らを運びますか?」

「いや、これをやった相手の確認の方が先だ。この先にいるんだな?」

「少なくとも、五匹以上のネズミがいることは確認しています」


 遺体を調べたり運んだりしている間に襲われたのでは、対処も難しくなる。猟銃があるわけでもなく、大型獣を相手にするならば万全の態勢を求めるのは当然だ。


 一分ほど慎重に道を進んでいくと、右後ろへ伸びる分かれ道がある。方向転換して進んでいくと、ガタガタと何かが動き回っているような音が聞こえてくる。


「近いな」

「気をつけろ」


 声を掛け合いながら武器をしっかりと構える。そして、数秒の沈黙の後、曲がり角の向こう側から巨大な影が躍り出てきた。


「死ねェェ!」

「っだりゃああああ!」


 ネズミの頭部に向けて佐々木と吉澤が並んでフラットバーを突き出し、その横からスコップを持った警察官が走り込む。「生き物を殺すなんて」などと言ってはいられない。目に映っているのは敵なのか獲物なのかまでは分からないが、獣は明確に牙と爪を剥き出しにして襲い掛かろうとしているのだ。

 鼻先から左右にざっくりと槍で裂かれ、剣先スコップを首に叩きつけられればネズミも怯む。致命傷には程遠いと思われるが間違いなく皮膚がえぐられ流血している。


「下がれ! まだ来るぞ!」


 ネズミが素早く体を反転させるのと佐々木らが飛び退るのはほぼ同時だった。横なぎに振り回された尻尾で胸を打たれるが、後ろ足での蹴りを寸でのところで躱す。

 しかし、それで終わりではない。二匹目と三匹目が奥から飛び出してきている。


「くっそがああああ!」

「当たれ!」


 警察官も形振りも外聞もあったものではない。殺意のこもった声を上げて武器を振り回す。動画を見た者から批判されるかもしれない、なんて考えはもう頭にないのだろう。殺らなければ、殺られる。ただそれだけである。


「落ち着け! そいつらはもう死んでるだろ」


 一分ほど絶叫を上げながら武器を振り回していると、ネズミの鳴き声は聞こえなくなっていた。

 血まみれのネズミが三匹倒れ伏し、のこり三匹は奥の方へと走り去っていき辺りに気配はもうない。


「こいつらは死んだふりをする! 確実に止めを刺してくれ!」

「分かった」


 助走をつけたうえでスコップ突き立て、全体重を込めてネズミの首へと蹴り込む。肉の中にざっくりと埋まったスコップを引き抜き、さらにもう一度。

 佐々木と吉澤も、それぞれ別の個体に目から槍を深く深く突きこんでいる。


「ここまでやれば大丈夫か?」

「そうっすね。ゾンビでもなければ、これで終わりでしょ」

「縁起悪いから、そういうこと言うな」


 本当にゾンビ化して立ち上がられては堪らないと吉澤は言うが、その様子は今のところない。


「逃げた三匹はどこ行ったんだ?」

「この奥がどうなってるかは、俺たちも分かってないっすよ。そこを曲がった向こう側に人影みたいなのを見つけたくらいです」

「じゃあ、まずその確認だな。遺体の運搬と奥の調査、どちらを先にするかが問題だな」

「非常に申し訳ないけれど、死んだ人は後回しにしたいですね。生きている人が優先でしょう」


 新聞紙でスコップや槍に付いた血を拭いながら、今後の方針について認識を合わせる。彼らの手ですくいだせるものには限りがある。全てを掴むことはできないし、優先順位をつけて何かを切り捨てていかなければならない。

 遺体に関しては、身元を証明できるものを回収するのみに止める方針とした。それも、今すぐ地上に届けるのではない。彼らが戻るのは、二つ前の分岐点までだ。そこに置いておけば、別のチームが通った時に回収していってくれる可能性もある。


「これ、マジで俺なんだけど」

「こっちもオレだよ。なんなんだ? これは」


 奥の遺体は警察官に任せ、佐々木と吉澤は手前の二体を詳しく調べる。服をめくりポケットの内をまさぐる。なじみの深い家の鍵と財布が出てきた時点で、ほぼ疑問の余地はない。財布を開けてみれば、自分の名前の入った会員証や免許証も出てくる。

 もはや、偶々よく似ている二人ではない。同姓同名で住所まで同じである別人なんているはずがない。


「パラレルワールドに迷い込んだか、ドッペルゲンガーか」

「迷い込んだのはどっちだ? 俺らか、こいつらか?」

「それを判断する方法はないだろ」

「……向こうの方、行ってみようぜ」


 その場でしゃがみこんだまま考えてみても、何がどうなっているのか分かるはずもない。二人は立ち上がり、洞穴の奥へと向かっていった。

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