第32話 立場の違い

「また君たちは変な格好で来たな」


 二条高校のグラウンドで受付を済ませていると、警察の偉い人がやってくる。この現場ではスコップや鶴嘴を持っているのは常識の範疇で話題にもならないが、手足に鎖を巻いていれば明らかに変な人だ。


「よく分からない変な獣がいることは明らかなんで、最低限の防御態勢は整えておきました」


 革ジャンに加えて鎖があれば、鉈の一撃くらいは受け止められるくらいの防御力になる。それでも恐らく痛いし、打撲となることもある。しかし、皮膚の損傷を防ぐことができるのはとても大きい。


「そっちのは銃刀法違反じゃないのかぁ?」

「いやいや、刃渡十センチくらいだし。これがダメなら、スコップだってアウトですよね?」


 包んでいた段ボールから出されたフラットバーを見て警察官は冗談めかして言うが、本当に逮捕するつもりはないだろう。単に、外を持ち歩くときは注意せよというだけのことだ。


「あのネズミって、猟師さんに駆除してもらうことってできないんですかね」

「検討はしているがな、前提としてここは住宅地だ」


 何をどう頑張っで猟銃の使用は違法であり、罠や毒餌を用いることになるだろうと言う。近年は住宅地にクマが出没することもあり住宅地での猟銃の使用について様々な議論があるが、未だ法改正には至っていない。


 罠を使うのも容易ではない。狭い通路では大きくて重い箱罠は運搬が困難を極めるし、硬い岩ばかりの場所ではくくり罠は固定が難しい。


「あー、鶴嘴ぶっ刺しても走り回ってたしなあ、罠もデカくて頑丈じゃないと無理か」

「銃の許可って下りないの? 確かに入り口は高校の敷地内だけど、地下深くで銃を使ったって住民の誰にも被害じゃん?」

「残念ながら、現在の法律には地下なら良いなどと書かれていない」


 そもそもとして、獣の種類がわかっていないこともある。見た目から佐々木らはネズミといっているが、もしかしたらアナグマの一種である可能性もある。


 害獣の類として認識してされている種類の獣ならば特に問題はないが、もしも保護対象の種類に近いなんてことになれば、非常に面倒なことになる。


 不確定事項が多く、役所や警察の上の方でも狩猟を持ち込むのは渋っているらしい。


「自衛隊とか、マシンガンでやっちまえよとか思うんだけどなあ」

「もっと無理だ。残念ながら害獣という程度では自衛隊の銃火器は使用許可が下りない」


 話をしていると、迷彩服の人が横から加わってくる。自衛隊にできるのは、フェンスを立てたり土嚢を積んだりくらいだと説明されれば肩を落とすしかない。


「役に立たねえ……」

「自衛隊ってのはそういうものだ。大きな力を簡単に使える方が怖い」


 本人を前に失言が漏れてしまうが、それでも嫌な顔をせずに説明してくれる。


 簡単に言えば、自衛隊が武装して出動するには相手も銃火器を大量に持ってることが必要ということだ。


「それはそうと、今さっき高校生が二名見つかった」

「どこで⁉」

「地下の広場だ。いつの間にか、そこにいたらしい」

「またかよ!」


 昨夜、どこからか現れた女子高生三人組は「気がついたらそこにいた」というだけで、他の行方不明者に近づけそうな情報は何も得られていない。


 詳しく聞いたわけではないが、今回の二人も似たような状況らしい。


「神隠しにでも遭ったのか? 戻ってくる子と戻ってこない子の違いは何だ?」


 話を聞くと、警察の偉い人は困り果てたように頭を抱えてパイプ椅子にどかりと腰を落とす。もう丸一日近くも捜索を続けているのに、進展は無いに等しい状況だ。


 現場の責任者として褒められた態度では無いが、焦りや苛立ちは計り知れない。


「あー、そこら辺なんですけど、常識は一旦捨てましょう。なろう小説のダンジョン物だと思って掛かった方が良いんじゃないですかね?」

「なろう小説?」


 小説を読むなら歴史物というお偉いさんは、最近のファンタジーには詳しくはないようだ。現実の地球にダンジョンが生えると説明しても何が何だかわからないといった様子である。


「レベルアップとかできるのかな?」

「さすがにそれは無いんじゃね? あれはゲームに毒されすぎた設定だよ」


 ネズミを倒した時にも天の声に類するものは聞こえなかったし、変なものに期待するべきではないと吉澤は強く主張する。


「そりゃそうだよな。遊び気分で真面目に捜索してる人たちの邪魔すんなってな」

「当たり前だ。野次馬なら邪魔だから帰れとしか言わんぞ俺は」


 気合いを入れ直して二人は再び地下へと潜る。行き先は、先ほどのネズミの巣だ。わざわざ大きなネズミと戦いたくなどないが、死体らしき影については確認しなければならない。


 それに同行するのは五人の警察官だ。二十代から三十代前半の比較的若く、体力に優れている者たちだ。


 スコップを手に戦った経験はないだろうが、鍛えているであろう身体で構えればかなりの威圧感がある。得体の知れない獣を相手にする可能性を考えれば、いないよりは心強いのは間違いない。

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