第24話 砕け散って、ヨンブンノイチ
翌朝、学校の下駄箱で事件は起きた。
「え、え、え?」
三回も「え?」と言ってしまうほどには驚いている。
自分の下駄箱にラブレターが入っていたのだ。
何の自慢にもならないが、人生で初めてのラブレターである。俺はだいぶ動揺していた。
ラブレターを素早く鞄にしまい、トイレに走った。
個室に入り、先ほどのラブレターを確認する。
可愛らしいピンクの封筒に「里中哲史さんへ」と書かれている。
字が震えているのは、緊張して書いたからだろうか……いや妄想するなよ。また杏子に「きもーっ!」って言われるぞ。
封を開けると、中には便箋が折りたたんで入っていた。
緊張しつつ、便箋を開く。
『今日の放課後、屋上で待っています』
俺は静かにラブレターを鞄にしまった。
どうしよう。これ、確実に告白される流れだ……!
とりあえず、大きく呼吸をしよう。すーはー、すーはー……トイレで深呼吸するのはどうかと思うが、今は平常心を取り戻すことが最優先だ。
……申し訳ないけど、お断りしないと。
俺には好きなが人いる。それに、今はお笑いが優先だから。
告白されるのも初めてなので、どう断ったらいいのかわからない。
でも、せめて相手に対して誠実でいないと。それが勇気をだして気持ちを伝えてくれた相手に対する誠意だと思うから。
「はぁ……マジでびっくりしたぁ」
落ち着くまで、俺はトイレの個室で放課後のシミュレーションをするのだった。
◆
そして運命の放課後がやってきた。
今日の天気は曇り。雨は降っていない。急な雨でも降らない限り、屋上でも濡れる心配はないだろう。
「さて。行きますか」
屋上の階段を上りながら考える。
放課後は杏子の部屋で脚本を完成させて、稽古をする約束をしていた。「遅れるから先に帰っていて」と伝えたのだが、杏子は理由も聞かずに納得してくれた。普段なら、駄々こねて理由を尋ねてきそうなものだけど……やっぱり最近なんか変だ。
「……今はラブレターの件に集中しよう」
屋上の扉を開ける。
すでに女の子がいた。後ろ姿だから顔は見えないが、見た目で女性だとわかる。
彼女の美しいブロンドの髪と制服のスカートが風になびく。カーディガンを羽織っており、背中にはユニオンジャックが入っている。
え……まさかイギリスの女の子?
そういえば、ラブレターの文字が震えていたっけ。
てっきり緊張からだと思っていたけど、慣れない日本語だったからか?
ウチの学校、留学生いたのか……というか、さすがに日本語通じるよな? 英語で告白されてもわからないし、どう断っていいのかわからないぞ……!
緊張しつつ、彼女に近づいた。
「は、はろー?」
声をかけると、彼女の背中がびくんと震える。
「はろー。てつしくんデスか?」
カタコトの日本語が返ってくる。よかった。なんとか会話ができそうだ。
「てつしくん。ラブレター、読んでくれマシタか?」
「うん。ありがとうね。嬉しいよ。でも、俺……」
「……ぷっ」
「え?」
何故か笑われた。
俺、何か変なこと言ったか?
というか……今の笑い声。聞き覚えがあるんだけど。
彼女が振り返る。
「あっ……杏子!?」
髪はブロンズだが、顔はばっちり俺の相方だった。
杏子はヅラを取って大笑いしている。
「なははーっ! テ、テツが告白されて緊張してるー!」
「お前ぇぇぇ! 俺を騙したな!」
「あはははっ! テツが恋愛ネタが書けるようにと思ってさぁ。いやー、でもここまで綺麗に騙されるとは思わなかったよー」
杏子は目に涙を浮かべて笑っている。
正直、ちょっとイラっとした。
俺を騙したことにではない。
こんな大事な時期に、杏子が遊んでいることに対しての怒りだ。
「杏子。何してんだよ」
「え? だから、テツの恋愛ネタの引き出しを増やすために……」
「もう脚本はほとんど完成している。そんなことする必要ない」
「な、なんだよー。怒ってるの? ほれほれ。かっこいい顔が台無しだぞ?」
杏子の手が俺の顔に向かって伸びてくる。
「いい加減にしろ」
ぱしっと杏子の手を叩いた。
杏子は目を瞬かせる。
「テツ……?」
「俺が脚本を書き上げられなかったのは申し訳ないと思っている。でも、だからこそ、自分の失態を取り返したいんだ。限られた時間で最高の仕事をしたいと思っている」
「……仕事? テツにとって、お笑いは仕事なの?」
「それは今関係ないだろ」
「あるよ! 大事なことだ!」
杏子はキッと俺を睨みつけた。
「大事なのは残り少ない時間で稽古を頑張ることだ。杏子と二人で楽しく遊ぶことじゃない」
「違う! もっと大事なことがあるもん!」
なんだよ、それ。
ちゃんと言ってくれないと、わからないよ。
「杏子……なんでこんなことするんだ?」
「それはこっちのセリフだよ。テツはお笑いだけやっていれば、それで満足なの? 私と一緒にいるのは全部お笑いのため?」
「……意味わかんねぇ。あのな、時間ないって言ってるだろ。お前のくだらない遊びに付き合っている暇なんて――」
「くだらなくなんてないよッ!」
「うわっ!」
ものすごい勢いでかつらを顔面に投げつけられた。
「な、なにするんだよ……杏子?」
杏子は泣いていた。
悔しそうに唇を噛んで、涙目で俺を睨みつけている。
「なんでそんなにお笑いばっかり……もっと私のこともかまってよ! 私のことを見てよ! 私は相方だけど、テツのためにボケる道具なんかじゃない! テツのビジネスパートナーなんかじゃないよっ!」
言われて、はっとする。
杏子のボケを活かすとか。コンテストに出て、二人の夢を叶えるとか。そればっかり考えていた。それが俺のやるべきことだと思い込んでいた。
俺は……一度でも杏子に「お前は何がやりたい?」って聞いただろうか?
コンビなのに、勝手に一人で突っ走っていなかっただろうか?
恋愛感情を忘れるために、必死にお笑いに向き合っていただけなのではないか?
俺は……ただ、杏子から逃げていただけなのではないか?
「テツはいつもそう! お笑い、お笑いってそればっか! 私と一緒に夢を叶えたいとか言うくせに、こっちを見てくれない! 私の気持ち、知ろうともしてくれない!」
杏子は目元をカーディガンの裾でごしごし擦った。
「私は相方である以前に、テツの親友だもん! 芸人である前に、フツーの女の子なんだから!」
杏子は親指を下に向け、俺を睨んだ。
「テツ……解散しよう」
「えっ?」
「『ニブンノイチ』は、本日をもって解散だああああぁぁぁ!」
「ええぇぇぇぇ!?」
突然の解散宣言……開いた口がふさがらなかった。
「説明しよう! 一人では半人前の私たちは、解散したら『ヨンブンノイチ』となるのだ!」
「アニメのナレーション風にギャグ言ってる場合か! おい杏子! 解散するなんて、俺は認めな――」
「はい、決定! 異論は認めません! そんじゃねー、ばいばいっ!」
「あ、ちょっと待て杏子!」
声をかけたが無視された。
杏子は信じられない速度でばびゅーんと走り、屋上をあとにした。
一人残された俺は立ち尽くした。
床にぽつぽつと染みができる。雨が降ってきたのだ。それでも俺はショックで動くことができなかった。
杏子、最後はふざけていたけど、解散の話はマジだよな……。
どうしよう。相方を蔑ろにするなんて、俺、本当に何やってんだ……!
雨に濡れながら、後悔するのだった。
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